第15話

 翌日の平穏な休日。


 ストリーミングサービスでアニメを見ようとした時、部屋に響いた呼び鈴の音。

 インターホンのカメラを確認すると、見知った黒髪の少女が扉の前にいた。


「お久しぶりですね。兄さん」


 玄関の扉を開けると礼儀正しく礼をしてくれた。

 俺の事を兄さんと呼んでくれるが


 というような前柄が、一番俺達の関係を表わすのに適格だろう。


「紺乃、久しぶり。今日は、何の要件だろう?」

「要件はありません。来訪です。という訳でお邪魔致します」


 まえれもなく俺の家へとやってきたもみこんは、ニッコリと笑って中に入ってくる。

 そのまま、我が物顔でリビングへと押し掛けられてしまった。


 椅子に座る紺乃は、相変わらず姿勢がよく、どうにも説教する気にはなれなかった。


「アポなしで他人の家を尋ねちゃダメだって。中学生の紺乃でも知っている事だろ?」

「え……? 私と兄さんの仲じゃないですか。それとも、多忙だったんですか?」

「いいや。家内に侵入を許している時点で、違うとわかって言っているんだろ」

「さてはて、どうでしょう。兄さんなら、どのみち家に上げてくれそうですが」


 相手は年下の女の子……でも、普通の女の子ではない。俺と同じくこの地域で名のある名家である紅葉家の娘。


 初手の問答で主導権を握っておきたかったが、どうやら失敗してしまったらしい。


「紺乃は、暇つぶしにここへ来たのか?」

「いいえ。兄さんに会いにきたんです。でも、退屈しのぎも含んでいたり……えへへ」


 照れた顔。紛らわしい言い回しで誤魔化しているが、後者が本音と捉えていいだろう。


「退屈か。じゃあ元気では、ないのかな?」

「いえいえ。兄さんと会えて今は元気です」

「困ったな。そう言われると、追い出しにくいじゃないか」

「それは、冗談ですよね。私を追い出す気なんてない。顔を見ればわかります」


 本当だろうか? と、疑心暗鬼に囚われる間もなく粗末にも、哀れをもよおしていた。

 好奇心が強く、ひた向きに努力していた幼い日の紺乃を俺は知っている。


「なあ、もう俺のことを?」

「いいえ。


 きっぱりと宣言された否定。さっきまでとは違い、疑いようのない本音なんだろう。

 幼い頃から変わらない意志の固さが健在で、懐かしくなってしまう。

 意味有り気に、紺乃は手をあおいだ。


「それよりも、外の暑さを知っていますか? レモンティーを所望します」

「あ、ごめん。気が利かなかったな」


 飲み物を準備しながら、訊くべきことを頭の中で整理する。


 レモンティー。いつも紺乃と一緒の時に飲んでいこれだけは、久しぶりじゃない。

 そういえば萌奈さんと喫茶店に行ったとき、飲んだんだっけ。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。最近は、どのアニメが人気ですか?」


 ソファーへ移り、テレビのリモコンをいじりながらくつろぐ紺乃。

 萌奈さんが寛ぎ方に小言を言ってきたことを思い出す。これが正解なんだろうか。


「俺よりも、紺乃の方が詳しいんじゃないか?」

「兄さんほどネットに強くないので、わからないです。オススメはどれですか?」

「ううーむ。やっぱり最近のだと映画の方がオススメかな」


 アニメよりも映画を選ぶことで、時間を短縮。

 どうせ、すぐには帰らないんだろうけど、長く居てくれても困る。

 そんな訳で、映画鑑賞会が始まった。


「なあ紺乃、聞き忘れていた事があるんだが、どうやってお祖父様を説得したんだ? まさか、あの人の許可無しにここへ来たとかではないだろ?」


 紅葉家当代の実権を持つ紺乃のは、可愛い孫を大切にしている。


 加えて、俺のことを嫌っている人だ。

 そんな人が、俺と紺乃が会う事を許してくれるとは思えない。

 しかし質問に対して紺乃が見せたのは、惚けた顔。


「許可? そんなものは取ってきていないですよ」

「待ってくれ……どういうことだ?」


 絶句した。

 本音を言えば今すぐにでもお引き取りを願いたい。しかし、まずは説明してもらうか。


「あれあれ、やっぱり情報が入ってきていないんですね。祖父はもう引退と言いますか、先日退しました。今はお父様が当主なので、安心してください」


 紺乃の父、もみたつさんは俺の父さんと親友関係。

 過去に、最後まで俺をかばってくれたことがある。尊敬に値する人だ。


「そ、そうか。まったく、心臓に悪いな。でも、あの人なら喜ばしい事だ。察していると思うが、未だに加瀬家から情報を遮断されていて知らなかった」


 俺を嫌っているのは、紅葉家の元当主だけじゃない。


 むしろ、加瀬家の方が酷く邪魔者扱いしてくる。

 加瀬家と紅葉家の対立構造の起因こそが、俺である為だ。


 紺乃の祖父が退いた以上は両家の関係も緩和されると思うが、これからどうなるか。


「あれから随分経つのに、加瀬家は相変わらず頑固者ばかりですね」


 お陰で、紺乃にも恨まれているしな。彼女も俺の引き起こした事件の当事者だ。


だいわりしたなら訊きたいんだが、小笛家とは交流ないのか?」

「小笛家……ですか。お父様は代替わりしたばかりですし、あの家はこちらの権力を怖がっている気配を感じるので、まずは加瀬家とのかくしつからだと思います」

「そうなのか。まあ今近づいても、加瀬家打倒のための交流とじゃすいされかねないか」


 萌奈さんの実家にあたる小笛家。

 実は着々と力を付けている言わば成金の一族である。

 加瀬家と紅葉家の対立において、小笛家の存在はジョーカーになるかもしれない。


「話を戻しますが、お父様にお願いすれば、加瀬家からの保護くらいはできますよ?」

「俺は、必要ない。だけど、俺の父さんにも同じ話をしてくれないか?」


 現在、俺の引き起こした事件が飛び火して、俺と両親の三人が丸めて加瀬家から邪魔者扱いを受けている。そのせいで家に関する情報は中々俺の耳に入らない。


 現在の加瀬家は、内部で幾つかの派閥が当主争いをしている最中。


 俺の父さんが本家長男である為、退いた今でも目の敵にされやすい。


 理不尽なものだ。父さんは俺を自由にしてくれた。一人暮らしをしたいと言った俺に、何とか住処まで用意してくれた。多少でも返せるものがあるなら返したい。


 偶には親孝行でもしようかと思ったが、紺乃の答えは――。

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