第20話 ルイスとの対面
アメリアが外に出ると、ウィリアムは既に馬車から降りて待っていた。ウィリアムはアメリアの姿を確認すると、爽やかな笑みを浮かべる。
アメリアはそんなウィリアムの笑顔に――相も変わらず白々しい笑顔だわ――などと考えながら、自分も負けじと微笑み返した。
「ごきげんよう、ウィリアム様。本日はお誘いいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ急にお誘いしてしまって。いい天気になり良かったです」
「本当ですわ」
この〝本当ですわ〟の意味は、〝お誘いしてしまって〟に対するものである。決して〝いい天気になり良かった〟への返事ではない。
アメリアがウィリアムから、ボート遊びの誘いの手紙を受け取ったのは二週間前。けれどその手紙はアメリア本人ではなく、アメリアの父リチャードに宛てられた。
おそらくウィリアムは、アメリアを直接誘っても断られるだろうと踏んだのだ。しかも、きっちりアメリアの予定のない日を選んでくるという用意周到ぶり。婚約者相手になんとあざとい男なのだろうか。
「そろそろ出発しましょうか」
ウィリアムはアメリアの手を取り馬車に乗ろうとする。
けれどその寸前で、何かを思い出したように足を止めた。
「そうだ。先に彼を紹介しておきましょう」
ウィリアムはそう言って、馬車の扉の前に控える男に目を向ける。
アメリアがその視線を追えば、そこには漆黒の髪と瞳を持つ青年の姿があった。
「――っ」
――彼は……。
それはまさしくルイスに違いなかった。先日執事に素性を調べさせた男の容姿に酷似していた。――そのことに気付いたアメリアは、困惑を隠せなかった。
なぜなら彼女は気付けなかったからだ。
彼が黒目黒髪という非常に目立つ容姿をしているにもかかわらず、ウィリアムに紹介されるまで、そこに彼がいることに気付けなかった。
――この男……いったい……。
こんなことは初めてだった。いつだって周りの状況に気を配っているつもりのアメリアにとって、これほど目立つ人間の存在に気付けないなど、記憶のある限りなかった。
動揺を隠せない彼女に、ルイスが一歩近づく。
彼はニコリと微笑み、恭しく
「わたくし、ウィリアム様の付き人を務めております、ルイスと申します。以後お見知りおきを」
それは何の不自然さもない、礼儀にのっとった挨拶だった。
けれど同時に、出来すぎた何かを感じたのも、疑いようのない事実だった。
腹の底の見えない――得体の知れない何かがある、アメリアは直感的にそう感じた。
けれど隣にはウィリアムがいる。不審に思われるような態度を取ってはいけない。
だから彼女はにこりと微笑み返す。
「ウィリアム様からお話は伺ってるわ。とても有能な方だと」
「大変恐縮にございます」
ルイスの一見完璧な笑み。けれど笑っているのは口元だけで、目は少しも笑っていないように思える。
人を試すような――けれどそれを隠そうともしない強い眼差し。それでいてどこか温かい、吸い込まれそうな漆黒の瞳。
そして何より特徴的なそのオーラ。
言われなければそこにいると気付かせない気配の無さ。けれど一度気付いてしまえば、目を離すことを許さない強烈な存在感。
千年生きてきたアメリアも、ルイスのような者とは出会ったことがなかった。――なるほど、彼は確かに只者ではなさそうだ。この男には気を付けなければ。
アメリアはそんなことを考えながら、心にもない言葉を放つ。
「これからよろしくね。仲良くしましょう、ルイス」
「はい、我が侯爵家の次期夫人となられるアメリア様は、既に私の主人同然でございます。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。頼りにさせてもらうわね」
「ええ――アメリア様」
*
ウィリアムに手を引かれて馬車に乗り込むアメリアの後ろ姿を、ルイスはじっと見つめていた。
その瞳に映るのは、果たして――。
――風が凪ぐ。
ルイスは二人が馬車に乗り込んだのを確認し、扉を閉めると
その顔には既に先ほどの笑みは無く――。その瞳に揺れるのは……微かな悲哀。
馬車がゆっくりと動き出す。道のりは長い。
ルイスはただ空の一点だけを見つめ……彼女の数奇な運命に、思いを馳せた。
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