第30話 アメリアの行方


 ルイスがウィリアムらの元へと戻った時には、既に日が傾き始めていた。


「ルイス!」

「彼女は⁉」


 森から一人で出てきたルイスに、エドワードとブライアンが詰め寄る。

 焦りを隠しきれない様子の二人に、けれどルイスはどこまでも冷静だ。


「アメリア様はご無事です。――ウィリアム様はどちらに」

「あ――あぁ、あいつなら馬車の中だ。カーラに付いててくれてる」

「無事なら良かった。けど、彼女はいったいどこに」

「それをこれから説明致します」


 こうしてルイスはカーラだけを馬車に残し、ウィリアム、アーサー、そしてエドワードとブライアンを前に、話し始めた。



「結論から申し上げます。アメリア様はご無事です。が――何者かに連れ去られました」

「何⁉」

「連れ去られたって、なんで⁉」

「そもそもなんでそんなことわかるんだよ!」


 エドワードとブライアンは取り乱す。

 その一方で、ウィリアムとアーサーは眉をピクリと寄せるのみ。


 二人はルイスの態度から感じ取っていたのだ。ルイスは既に、アメリアの居所に大凡おおよその検討がついているのだろう、と。


「お前たち、しばらくそのうるさい口を閉じていろ」

「な――なんだよ、アーサー」

「俺たちはただ、彼女を心配して」


 不満を隠せない二人に、今度はウィリアムが続ける。


「ルイスはもう全てわかっているのだろう。――話せ、ルイス」


 するとようやく二人は口を噤み、ルイスは話を再開した。



「私はアメリア様が流れ着くであろう場所を地形から推測し、そこへ向かいました。結果それは正しかった。けれど私は一足遅く――。そこに残されていたものは、川岸から土手の上まで続く水跡と、真新しい一頭の馬の蹄の跡でした。つまり、彼女が何者かに助け出され、馬で連れ去られたことを意味している」


 ルイスは眉一つ動かさず告げる。それが大した問題でもないと言うように。


「アメリア様を連れ去った者はおそらく、騎士かそれに準ずる者でしょう」


 ルイスの瞳は揺るがない。確信を得ていると言わんばかりに。


 けれどさすがのウィリアムも、これには疑問を持たずにいられなかった。


「なぜそう思う?」


 するとアーサーが、ルイスより先に答える。


「意識のない人間を抱えたまま馬に乗れる人間はそういない。そういうことだろう?」


 ルイスは頷く。

 するとブライアンがようやく思い当たったと声を上げた。


「そうか、手綱を片手で引かなきゃならないから……!」


 通常、ただ馬に乗るだけなら片手で手綱を引く必要はない。つまり人を抱えたまま馬に乗れるのは、それ相応の訓練を積んだ者に限られるということだ。


 けれどエドワードの方は、まだ納得がいかない様子である。


「でも片手かたて手綱たづななら俺たちだってできるよな? 狩猟するし。なんで騎士に断定できるんだよ。貴族って可能性もあるだろ」

「それはほら、狩猟って一人じゃしないからだろ? 馬の足跡が一頭だって言うなら、俺たちみたいな貴族じゃない」

「ああ……確かに」


 皆が納得したところで、ルイスは再び口を開く。


「ですからエドワード様。私に馬を一頭お貸しください」

「――え?」

「なんでお前に?」


 エドワードとブライアンは困惑する。

 同時に、ウィリアムも眉をひそめた。


「一人で行くつもりか?」

「はい。――お忘れですか? 隣の街道の先はアルデバラン。アーサー様の伯父上、アルデバラン公爵閣下の領地でございます。あまり大ごとにはされぬ方がよろしいかと」


 その言葉に、今度こそ一同は押し黙った。



 アルデバラン公爵とは、アーサーの母である王妃フローラの兄に当たり、非常に野心家な人物だ。彼の持つ権力の大きさは国王にも匹敵し、この国で彼の言葉を無視できる者はいない。


 アーサーは公爵の一人息子ヘンリーと年が近く懇意にしているものの、野心的な公爵とは馬が合わず、昔から苦手なのである。

 そのため、極力接触を避けたいというのがアーサーの本音だった。


「確かに、この面子メンツで彼女を探し回るのは得策ではないだろうな」

「だがルイス一人というのも……。彼女は俺の婚約者だ、行くなら俺も一緒に――」


 ウィリアムは言いかけるが、ルイスは首を振る。


「いいえ、なりません。その馬車は四頭馬車です。一頭ならまだしも、二頭も減らしては馬車が進みません」

「それを言うなら、お前が行ってしまってはそもそも御者ぎょしゃがいなくなるだろう」


 ――二人は睨み合う。

 けれど、その間に割り込むエドワードとブライアン。


「御者なら俺たちが」

「前に街でつじ馬車ばしゃ引いてる奴に教えてもらった」


 それを聞いたルイスは口角を上げる。


「だ、そうですよ」

「――っ」


 ここまで言われてしまっては反論の余地なしである。

 言葉を詰まらせるウィリアムに、ルイスは容赦無く続ける。


「ウィリアム様は皆様と王都に戻り、サウスウェル伯爵にこの件をお伝えください。じき日が暮れます。いずれにせよ、今日中にアメリア様を王都にお連れするのは難しいでしょうから」

「……わかった」


 ルイスの言い分に、ウィリアムは渋々承諾するしかなかった。


 ほどなくして、エドワードが馬を一頭連れてくる。


「ほらよ。こいつの名前はメテオだ。ま、大人しい奴だから大丈夫だろ」

「メテオ? 名前と性格が相反してますね」

「まぁそれはご愛嬌ってことで」


 エドワードがルイスに手綱を渡す。


「あ、ちなみに鞍もあぶみもないけど……」


 エドワードは言いかけるが、彼の心配をよそに、ルイスは既にメテオに跨がっていた。


 ルイスは馬上から四人を見下ろし、にこりと微笑む。


「そんなものは必要ありませんよ。――ところで言い忘れておりましたが、アルデバランには既にべネスを向かわせてあります。アメリア様の居場所はすぐにわかるでしょう。――では」


 ルイスはそれだけ言い残し、メテオと共に颯爽さっそうと駆け出した。

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