第39話 ルイスの訪問(後編)


 ライオネルの後ろについて客間に入ると、ルイスはすぐさまソファから立ち上がった。


「アメリア様、よくぞご無事で……!」


 彼はその顔を安堵させ速足で私に近づくと――どういうわけか、跪く。


「アメリア様の身を心から案じておりました。あの場でお助けできなかったこと――悔やんでも悔やみきれません。ウィリアム様より既にお叱りは受けました。わたくしの非力をお許しください。本当に……本当に……ご無事で何よりでございます」


 伏せた顔をそのままに、思い詰めたように肩を震わせるルイス。


 けれど私には、その言葉が果たして本心なのか、それとも演技なのか、少しもわからない。


 ――なんだか、気味が悪いわね。


 けれど、きっとこれは侯爵家の威厳と主人への忠誠心を見せつけたいということなのだろう。ならば、私もそれを利用させてもらうまでだ。


 私は顔に笑みを張り付け、ルイスの肩にそっと手のひらを置く。すると彼はようやく顔を上げた。


 私はそんな彼を見つめ、首をわずかに横に振る。

 そんな顔をしないで、あなたは何も悪くない。そう訴えるように。


 ――刹那、ルイスの眉がピクリと動く。


「アメリア様……?」


 彼は察したようだった。私の声が出ないことを。


 その事実はさすがのルイスも予想外だったのだろう。彼はその整った顔を硬直させ、そのまま一秒……二秒……三秒が過ぎる。


 その沈黙に、私は内心驚きを隠せなかった。


 この男も驚くことがあるのかと――彼のことなど何一つ知らないはずなのに、そう思った。


 結局ルイスはそれ以上何も言うことなく、その場に立ち上がる。

 そしてライオネルに向き直ると、事務的な様子でこうべを垂れた。


「この度はアメリア様をお助けいただきまして、誠にありがとうございました。何とお礼を述べたらよいか……」


 ルイスの言葉に、ライオネルは慌てて首を振る。


「――い、いや。大したことは……。困っている人がいたら助けるのは当たり前ですから」

「いいえ、なかなかできることではありません。大変勇気ある行動です。我が主も、直接礼を述べたいと仰っておりました」


 ルイスの言葉に、ライオネルは不安げな顔をする。


「あの……先ほどうちの執事には、あなたは伯爵家の使いだと聞いたのですが……その、大変ぶしつけながら、家名をお伺いしても……?」


 確かに私はまだ姓を名乗っていないわけだから、ライオネルの問いはもっともだ。

 私が二人のやり取りを見守る中、ルイスは堂々と答える。


「これは名乗り遅れて申し訳ございません。わたくしはウィンチェスター侯爵家に仕える者。そしてこちらのアメリア様はサウスウェル伯爵家ご令嬢であり、またウィンチェスター侯爵閣下のご嫡男、ファルマス伯爵ウィリアム・セシル様の婚約者であらせられます」

「……っ」


 瞬間、ライオネルは絶句した。


 彼は、まさか私が侯爵家子息の婚約者などとは思いもしなかったのだろう。放心したまま、ウィンチェスターの名を何度も繰り返し呟いている。

 この国でその家門を知らぬものはいないほど――その名前を聞いて、驚くなと言う方が無理な話なのだ。


 そう――彼は確かに気圧されていた。

 貴族という名の権力に。騎士などとは比べものにならない、圧倒的な力に――。


「今回の件、全て私の不手際によって起きたこと。この事が公になれば私の首だけでなく、アメリア様の今後も危うくなることでしょう。最悪の事態を免れたのは一重にあなた様のおかげでございます。――ですからぜひ、お礼をさせていただきたいのですが」

「……礼……?」

「はい、礼でございます。それを以って、この件は全て無かったことに」

「――っ」


 否定を許さないルイスの強い眼差しに、ライオネルの動揺が大きくなる。

 それでも彼は冷静に、一つ一つ言葉を選んで返す。


「いえ……本当に大したことはしていませんので。お礼をしていただくなど、逆に恐れ多いというものです。ですから、どうぞご心配なく。あなたのご主人にもそうお伝えください」


 ライオネルは言い終えると、唇をきゅっと結んだ。――そこには何の忖度もない。少なくとも、私にはそう思えた。


 ライオネルとルイスは、しばらく見つめ合っていた。お互いの心情を推し量ろうと、沈黙を貫いていた。――それを破ったのはルイスだった。


「非礼をお詫びします、ライオネル様。私はあなたを侮っていたようです」


 そう言って、ルイスは深く腰を折る。ライオネルに最大限の敬意を払うかのように。


「アメリア様を助けてくださったのが、あなたで本当に良かった」

「――っ、あの……頭を上げてください、困ります!」

「――ルイス、と」

「……え?」

「私のことは、ルイスとお呼びくださいませ。ライオネル様」


 ルイスはゆっくりと顔を上げる。


 そこには先ほどまでの威圧感はどこにもなかった。それどころか、なんと彼は穏やかに笑っていたのだ。


 それは、まるで先ほどとは別人であるかのように。


 ああ、その人懐っこい笑顔はなんなのか。いったいこの男、何を考えている……?


 私は困惑するが、けれどそんな私の心境など知る由もないライオネルは、ほっと胸を撫でおろし無邪気に頷いている。


「わかったよ、ルイス。約束する。このことは誰にも言わない。だけど……何か僕にできることがあれば、いつでも言ってほしい」


 すると感銘を受けたかのように、ルイスの瞳が細くなる。


「ライオネル様のお心遣いに心から感謝致します。もし何かありましたときは――頼りにさせていただきます」


 ――一見何の裏も読み取れない美しいルイスの笑み。


 けれど、私は猜疑心を強めずにはいられなかった。

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