第38話 ルイスの訪問(前編)


 まもなく十時を迎えようとしている。

 ライオネルと私は、まだ食事を続けていた。


「そっか。君の家は王都にあるんだね。きっと家族は君のことを心配しているよ。後で使いを出そう」


 彼は食事中ずっと、筆談で答えやすいような質問を投げてくれる。もともと気遣い上手な性格なのか、やり取りはとてもスムーズだった。とはいえ、答えられないこともある。


 私は自分の住まいが王都にあると答えたが、伯爵家の娘であることはまだ伝えていない。先ほど名乗ったとき咄嗟に姓を伏せてしまったから、今さら貴族だと明かすのは気が引けた、というのもあるし、貴族であることを知れば彼はきっと態度を変えるだろう。――私はそれが嫌だった。


「食事を終えたら僕は出掛けなきゃいけないけど、君はゆっくり休むといいよ。明日、王都に送ってあげるから」


 ああ、それはなんとありがたい言葉。もしも私が今の立場でなかったら喜んで頷いていただろう。

 けれど今の私は伯爵家の娘で、ウィリアムの婚約者。簡単に頷くわけにはいかない。


 それに、休ませてもらうのはともかく、王都まで送ってもらう必要は無いであろうと、私は心のどこかで感じていた。

 確証などどこにもない。けれど、明日を待たずして迎えが来るような……そんな予感がしていた。


 だがそんな説明をするわけにもいかない私は、無難に笑みを返す。

 すると彼は勘違いしたのだろう。


「本当に気にしなくていいんだ。僕は騎士団に所属していて、週の半分以上は向こうで寮生活をしてるんだ。ついでみたいなものだよ」


 そう言って爽やかに微笑む。それはなんの裏もない純粋な笑顔で、私の心にわずかばかりの罪悪感が芽生える。――すると、そのときだった。


「失礼致します」と低く落ち着いた声がしたかと思うと、ライオネルが返事をするよりも早く、執事らしき男が中へと入ってきた。


「ライオネル様、至急お伝えしたいことが……」

「食事中だから後にして――と言いたいところだけど、聞くよ、何だ?」

「それが……」


 執事は酷く戸惑った様子で、ライオネルへと歩み寄る。そうして、ライオネルに何事かを耳打ちした――と同時に、大きく見開くライオネルの瞳。


「……わかった。ひとまず、客間に」

「かしこまりました」


 主人の命を受け、執事は速足で部屋を去っていく。


 ライオネルはその背中を困惑げに見送って、私の方を振り向いた。

 先ほどまで穏やかだったその顔を強張らせて――彼は恐る恐る尋ねる。


「君、伯爵家のご令嬢だったの? 今、君の従者を名乗る者が来ているらしいんだけど……。ルイスという人物は、確かに君の家の者?」


 その問いに、私は自分の予想が正しかったことを思い知る。

 来るならきっと彼だろうと、心のどこかで思っていた。とはいえ、まさかこれほど早いとは思わなかったけれど……。


 そんなことを考えながら、私はペンを走らせる。


『驚かせてごめんなさい。伯爵家の娘だと知られたら、騒ぎになると思ったのよ』


 それを読んだライオネルは、戸惑いを隠せないようだった。

 不安げに視線を揺らし、躊躇うように口を開く。


「……そっか。うん、そうだよね。確かに君の言うとおりだ。でも、まさか貴族だったなんて」

『あなたの考えていること、よくわかるつもりだわ。だけど、私が貴族の娘だからって態度を変えないでほしいの。私のことはこれからも、アメリアと――そう呼んでほしい』

「――っ」


 普通ならば決して許されないその願いに、彼はすぐには答えられないようだった。


『ダメ……かしら?』

「そんな、駄目だなんてことは!」


 けれど私がダメ押しすれば、最後は頷いてくれる。


「……わかったよ。じゃあそう呼ばせてもらうね、アメリア」

『ありがとう。嬉しいわ』


 そんな彼の太陽のごとく眩しい笑顔に、私は自分の心が和らぐのを感じた。


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