第40話 ルイスの素顔
窓から初夏の陽光が射し込んでいる。あと一時間もすれば、教会の鐘の音が正午を知らせるだろう。
「しかし困りましたね。まさか声を無くされるとは……」
ルイスはため息をつくと、何かを考えるようなそぶりで外の景色を見渡した。
ライオネルは今しがた、用事があると言って出掛けていった。ともかく今日はゆっくり休むこと――と、私に言い残して。
そういう訳で私はルイスを連れ、客室へと戻っていた。
「一応確認しておきますが――それ、芝居ではありませんよね?」
ルイスは窓の外を見つめたまま尋ねる。その口調は少しも私のことを敬ってはいない。
――まぁ、それもそうか。アーサーの言葉が正しければ、ルイスは私の本性を、私の記憶のことを知っているはずなのだから。
私はペンを取る。
『嘘なんてついてどうするのよ。それに正直、声なんてあっても無くても困らないわ』
するとルイスは怪訝そうに顔をしかめた。
「あなたはそうかもしれませんが、こちらにも都合というものがあるんですよ」
はあ、と大きくため息をついて、彼はテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰を下ろす。
「声が出ない以外に、どこか身体の不調はありませんか?」
その問いに、私は少し考えて首を横に振った。
多少頭痛はするが、寝起きに比べればだいぶマシだ。大したことではない。
するとルイスはどこか投げやりに言い捨てる。――椅子の背に身体を預け、足を組み、その漆黒の瞳で私をじっと見据えながら。
「そうですか。まぁ、生きているだけで喜ばなければなりませんしね」と。
それはともすれば不敬と訴えられてもおかしくない態度で――私は突っ込まざるを得ない。
『あなた、普段はそんな感じなの?』
すると彼はあっけらかんと言い放つ。
「ええ、まぁ。おかしいですか?」
――いや、十分おかしいだろう。世間的には私はウィリアムの婚約者。その私に向かってそんな態度は、普通ならばあり得ない。
そんな風に考えていると、彼はにやりと口角を上げた。
「そんな目で見ないでくださいよ。そんなに僕の印象って悪いですか?」
――僕……? それが彼の本来の一人称なのだろうか。
『あなたといいウィリアムといい、裏表が激しいのね』
「ははっ、この仕事で猫の一つも被れなくてどうするんです。貴族社会が生易しいものではないことを、あなたはよくご存じでしょう?」
そりゃあ私だってそれくらいのことは理解している。
けれどこの変わりようはあまりにも……。
――ルイスは私の視線を受け流し、再び外の景色に目を移す。
「今の僕は機嫌がいい。正直、こんなに早くあなたと二人きりになれるとは思っていませんでしたから。あなたには悪いですが、僕はあなたが川に落ちてくれて良かったとさえ思っていますよ」
「…………」
「あなたは湖で、アーサー様から僕のことを聞かされたでしょう? 僕に何か質問があるのでは?」
「…………」
「何でも聞いてください。できる限り答えますから」
その言葉にも、彼の横顔にも、少しの嘘もないように見える。
けれどだからといって、信用などできるはずがない。
――まぁどちらにせよ、今の私に選択肢などないのだけれど……。
再び私はペンを取る。
ルイスは私が手帳に質問をしたためている間に部屋の窓を開け放った。
同時に風が吹き込んで、白い梟が窓から飛び込んでくる。
梟はルイスの左腕に行儀よくとまった。
「いい子だ」
ルイスは梟に温かな眼差しを向け、その白く美しい
すると梟は、気持ちよさそうに目を細めた。
その光景に私は驚かざるを得ない。なぜって、人に懐く梟など久しく見ていないのだから。
――それだけではない。
梟は通常夜行性。それなのに昼間でも飛べるとは、よく訓練されている証拠だ。
私が梟を見つめると、ルイスは平然とした様子で微笑んだ。
「この梟は僕のしもべ、名前はベネス。あなたの居場所を教えてくれたのも、ベネスですよ」
そう言って、紙切れのようなものをベネスの足にくくりつけた。
べネスは主人の「ウィリアム様のもとへ」という言葉を合図に、窓から飛び立っていく。
――その光景に、私は確信した。
ああ、やはりそうなのだ。ルイスも私と同じく前世の記憶を持っているのだ。
戦争の無くなったこの平和な時代に、わざわざ梟を使って手紙をやり取りする必要はない。つまりそれは、今の時代に梟を手懐ける術自体が無くなったことを意味している。
けれどルイスはそれができる。それが意味するものは、即ち――。
私は質問をしたためた手帳を、彼に向かって差し出した。
彼は手帳に視線を落とす。
「一つ、僕が何者であるか。二つ、僕があなたを探していた理由。三つ、アーサー様の力の詳細……ですか。まぁ妥当なところですね」
ルイスは私の向かいの椅子に腰かけると、
「時間はたっぷりありますし、順番にいきましょう。まずは僕が何者であるのか――ですが」
ルイスは意味ありげな笑みを浮かべ、およそ真実であるとは思えないような素性を語り始めた。
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