第25話 ルイスの目的
アーサーは去っていくアメリアの背中を黙って見送った。
そして姿が見えなくなると、彼は顔から表情を消し――生い茂る木々のその更に奥を――鋭い眼光で射るように睨む。
「盗み聞きとは――さすが下賎な者のすることは違うな」
アーサーが
「さすがはアーサー様でございますね」
いつもどおりの抑揚のない淡々とした口調――無感情な瞳。
ためらうことなく茂みから出てきたその男こそ、ルイスだった。
「申し訳ございません。聞くつもりはなかったのですが――」
口ではそう言っておきながら、けれど心の中では少しも申し訳なく思っていない様子で、彼は作り笑いを浮かべる。
アーサーはそんなルイスの笑みを、蔑むように鼻で笑った。
「あんな場所に隠れておいて……よくそんな白々しいことが言えるな」
「ええ。お二人の邪魔をしまいという、私の最大限の配慮でございます
「…………」
実際、ルイスのアーサーに対する態度は白々しいを通り越して無礼である。
けれど今はそれは重要ではない。――アーサーはルイスを睨みつける。
「……ウィリアムの指示か?」
「――は」
「ウィリアムの指示でつけていたのかと聞いている」
――それこそが、今最もアーサーが気にすべきことだった。
もしもルイスのこの行動がウィリアムの指示であったなら、アーサーにとっては憂慮すべき問題だ。
だがルイスは否定する。
「まさか。ウィリアム様がこのようなはしたない真似を指示するはずございません」
「なら、これはお前の私情というわけだな?」
アーサーはルイスの答えに内心安堵しつつ、わずかに語気を荒げた。
だがルイスは眉一つ動かさない。それどころか、彼は笑みを一層深くする。
「だったら何だと言うのです。おわかりですよね? アメリア様はウィリアム様の婚約者。私にはアメリア様を守る義務があります。たとえ王子であるあなたを敵に回すことになろうとも――」
「はっ、何を言う。俺は知っているぞ。アメリア嬢をウィリアムの婚約者に仕立て上げたのはお前だと。アメリア嬢を欲しているのはウィリアムではなく――ルイス、お前だということを」
刹那、再び赤く染まるアーサーの右目。
彼の思いの強さに比例するように、輝き――
だがルイスは怯むことなく、アーサーの視線をそのまま受け止める。
「ははっ、物騒ですね。――ですが」
その唇を、さも愉快そうに歪ませながら。
「無駄、ですよ。
「それが、お前の本性か」
アーサーの視線の先、ルイスの表情には――薄気味悪い薄い笑み。
「ええ、本当はあのときご挨拶するつもりでいたのですが。あなたがあまりに怖い顔で僕を睨むものだから怖気付いてしまって――気付いたら十年も経ってしまっておりました」
ルイスは顔に笑みを張り付けたまま、続ける。
「ですが、これだけはわかっていただきたい。僕は今も昔も、あなたと相対するつもりは少しもないということです。――僕はただ、アメリア様を手に入れたいだけ」
「よくもまぁ抜け抜けと――。彼女はウィリアムの婚約者だぞ。お前などが手に入れられようはずもない」
「そのようなこと百も承知ですよ。けれど、僕には彼女を手に入れなければならない理由がある。あなただって気付いたのでしょう? 彼女が僕らと同じだということに」
「だが、彼女は俺の力に気付かなかった」
「でも、読めなかったでしょう?」
「…………」
「僕らは皆同じ。でも違うんですよ。……彼女の苦しみを理解してあげられるのは僕だけです。彼女は誰にも渡しませんよ。あなたにも――たとえウィリアム様にだって」
そう言ったルイスの表情は、瞳は、アメリアを真摯に想うものに感じられて、アーサーは思わず口を噤んだ。
「――とまぁそういう訳ですから、これ以上の手出しは無用です。まして先ほどのように忠告などとは……。僕の目的はあくまでアメリア様ただおひとり。つまり、あなたの大切なウィリアム様を傷付けることはありません。彼は僕にとっても大切な方ですから」
「……っ」
アーサーを見据えるルイスの闇色の瞳――凍てつくように冷たい声音。
それが、アーサーの心を黒く
「僕はどんな手を使ってでもあの方を手に入れてみせます。ですからあなたはもう今後、余計なことはしないでください。そうでないと、僕は何をするかわかりませんよ。アーサー王太子殿下」
ルイスはそこまで言うと、満足げに笑みを浮かべる。
「では、私はアメリア様を追いかけなければなりませんので――これにて失礼致します」
そう言い残すと、未だ不服そうなアーサーを置き去りに、その場を後にした。
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