第34話 思い出――聖なる夜(後編)


「あぁ、もうお腹いっぱいだよ」


 エリオットは満足げに自分のお腹をさすっている。


「ふふ、すごいわ。あんなに作ったのに、全部食べきったわね」

「あぁ、さすがにもう入らない。とても美味しかったよ、満足だ」

「口に合ったなら良かったわ」


 わたしはきれいに片付いた料理に満足感を覚えながら、食器を下げ始める。


 彼はわたしがテーブルの上を片付けている間、ずっとツリーを眺めていた。


「どうしたの? ツリーなんて珍しくもないでしょう?」


 片付けを終えたわたしは、彼の後ろから尋ねる。すると彼は微笑んだ。


「いや、本当に器用だなと思ってさ」

「オーナメントのこと? 慣れればそんなに難しいことないのよ」

「そうかな。多分、僕には真似できない」


 彼は続ける。


「ユリアは本当にすごいよ。何でも自分でやっちゃうし、いつだって僕に笑いかけてくれる。僕は、本当に幸せ者だよ」


 けれどどういうわけだろう。その言葉とは反対に、彼の横顔は寂しげだ。


 ――急にどうしたのかしら。


 わたしは少し考えて、ソファーのクッションの下に隠しておいたマフラーを手に取った。


 そして、ツリーに視線を定めたまま動かない彼の背後に、そっと近づく。


「もう、どうしたのよ。まさかさっきのプロポーズ、後悔してるんじゃないでしょうね」


 わざとらしくそう言って、わたしは彼の首にふわりとマフラーをかけた。


「……ユリア、これ」

「メリークリスマス、エリオット」

「――っ」


 瞬間、彼は驚いたように目を瞬いて――けれど、すぐに目を伏せてしまった。


「気を……遣わせちゃったね、ごめん。なんだかこのツリー見てたら、本当に君の相手が僕でいいのかなって急に思えてきちゃって。――でも」


 不安げな顔で言いながら、彼は自分の荷物をガサゴソと漁り出す。

 そして何かを取り出すと、わたしの前でそっと手のひらを開いた。


「これって――」


 それは髪飾りだった。


 青い宝石を花のように散りばめた、銀色の髪飾り。瑠璃色の星空のような深い青と、お日様の光を反射する銀白の雪の色。


「エリオット……これ――」


 わたしが彼を見上げると、彼は照れくさそうに俯く。


「ラピスラズリ――九月の……君の誕生石だよ。本当は誕生日に渡したかったんだけど、うまくできなくて……」

「あなたが、作ったの……?」


 わたしのために……?


 問うように視線を送ったら、彼は顔を赤くして頷く。


 刹那、わたしの中に湧き上がるのは言いようのない高揚感――。


「エリオット……わたし……」


 あぁ、なんて嬉しいのかしら! 誰かにプレゼントを貰うのって、こんなに嬉しいことだったかしら!

 いいえ、違うわ。彼が、エリオットがわたしのために作ってくれた――それがとても嬉しいんだわ!


 けれど彼の心はわたしと違っているようで。その瞳はやはり不安げに揺らいだまま。


「君だったらきっともっと上手く作れるだろうから、気に入らないかもしれないけど」

「――!」


 その言葉に、わたしは彼が愛しくてどうしようもない気持ちになった。

 でもそれを上手く言葉にできず、もどかしい。だからわたしは、精一杯に声を張り上げる。


「そんなことないわ! 素敵よ、本当にきれいだわ! わたし、とても気に入ったわ!」

「……そう、かな」

「そうよ! わたし、とても嬉しい。あなたがわたしを想って作ってくれた、それが嬉しくてたまらない。わたし、この髪飾り毎日つけるわ! ずっとずーっと、寝るときだって!」

「さ、さすがに寝るときは外した方が……」

「例え話よ! それだけ嬉しいってことよ!」


 彼の胸に飛び込むわたしを、彼の腕が強く抱きしめる。


「わたし、本当に幸せだわ、エリオット」

「僕も、ユリアが喜んでくれて嬉しいよ」


 エリオットの表情が、優しくなる。


「ずっと、わたしと一緒にいてくれる?」

「もちろんだよ。さっきそう約束したじゃないか」


 彼の声が、柔らかくなる。


「他の女の子に目移りなんてしちゃダメよ?」

「それを言うなら君だって、僕以外の男と口を利いたら許さない」

「え、話すだけで駄目なの?」

「そりゃあそうさ。僕は嫉妬深い男なんだ」

「ふふっ。あなたの嫉妬してる姿、見てみたい気もするわ」

「そんなことしたら、相手の男を殺してしまうかもしれないよ」

「まぁ、物騒ね! でもあなたが嫌なら、やめておくことにする」

「そうしてくれ」


 わたしたちは冗談を言って笑い合う。


 日が暮れて雪雲の向こうに月が昇る時間になっても、わたしたちはそうやって、二人きりの時間を過ごした。


 *


「寒くない?」


 微かな月明かりだけが部屋に降り注ぐ中、背中から聞こえるエリオットの甘い声。


「平気よ」


 背中に感じる、わたしより少し高い彼の体温。それがとても、心地いい。


「愛しているよ、ユリア。決して君を離しはしない」

「わたしもよ、エリオット」


 そうしてわたしたちは二人、太陽が昇るそのときまで、狭いベッドでお互いの熱を確かめ合いながら、深い深い眠りについた。

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