第3話 お茶会(前編)
「ようこそいらっしゃいました」
「いえ、こちらこそお招きいただき大変嬉しく思います。まさかアメリア嬢直々に誘っていただけるとは思っておりませんでした」
「あら、ご迷惑でしたかしら」
「まさか! 滅相もございません」
今日はファルマス伯爵をお招きしてのお茶会当日。雲一つない晴天。絶好のお茶会日和だ。
私のドレスは薄紅色、髪はハーフアップにした。できるだけシンプルに、無駄に着飾ったりはしない。
ウィンチェスター侯爵の紋の入った
私は彼を中庭へ案内した。彼の家の庭には遠く及ばないであろうが、それでもそれなりに美しい庭園だ。この時期は特に薔薇が鮮やかに咲き誇っている。
私はハンナにお茶の用意をするよう指示し、ファルマス伯と共に椅子に腰かけた。
そういえばファルマス伯は、すれ違う我が屋敷の執事やメイドにも人当たりの良い対応をしていた。そういうところは変わらない。たとえ千年経とうとも……。
彼の横顔を見ていると、ふと懐かしさがこみ上げる。愛しいあの人と同じ顔で、あの人と同じように笑うファルマス伯……。千年前のあの日、私の目の前で死んだ彼――。
私が一瞬過去の記憶を思い出していると、彼はそれに気付いたのか、私の顔を覗き込む。
「アメリア嬢? どうかなさいましたか? 顔色が優れないようですが……」
「――っ」
――近い。
天然なのか、故意なのか。できればその顔をこれ以上近付けないでほしい。どうしたって千年前の彼の姿が思い起こされてしまうのだから。
「ファルマス伯。そのようにレディに近づくなど、
無表情に、淡々と。誰が相手であろうと無遠慮に物を言う伯爵家令嬢、アメリア・サウスウェル。これがいつもの私。いつもの、アメリア。
彼は私の冷たい物言いに一瞬怯んだ様子だったが、すぐに元の笑顔に戻る。
「これは申し訳ない。あなたがあまりにも美しいものですから」
「なんですって?」
普通ならば機嫌を損ねるところだが、この男はなかなか図太い神経をしているらしい。
しかもこんな歯の浮くような台詞……芝居の観すぎなんじゃないかしら。
――にしてもこれは聞いていた話と違う。ハンナによれば浮いた話の一つもないということであったが、どうやらこれは……。
「そんな安っぽい言葉でレディのご機嫌を取ろうだなんて、つまらない方」
「おや、これは手厳しいな」
「…………」
この男、かなりの食わせ物かもしれない。似ているのは外見だけということか。
思い起こせば、彼の外見は転生の度に変わっていた。魂やその本質は変わらなくとも、性格は環境に大きく左右されるのだろう、今回の彼も千年前とは確かに違っている。
かくいう私も、千年前とは全く別の人格と言っても過言ではない。
「ファルマス伯。わたくし、まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入にお尋ねしますが」
「何なりと」
今日ファルマス伯を呼んだ目的は二つ。
一つは縁談を取り下げてもらえるよう嫌われること。そしてもう一つは、なぜ私に縁談を申し込んだのか、その理由を確認すること。
そもそも理由次第では、他の女性にしてくださいとお願いするだけで済むかもしれないし。
「なぜわたくしに縁談を申し込みに? わたくし、ファルマス伯とはご挨拶すらしたことがないと記憶しておりますが」
私がつっけんどんに尋ねると、彼は瞼を伏せ立ち上がる。
時間稼ぎのつもりなのか……彼は私に背を向けたまま、側に咲く薔薇に手を伸ばした。
――それはほんの些細な仕草。けれどそのあまりにも繊細で優雅な動きに、私は不覚にもときめいてしまった。多くの女性が
彼は数秒の沈黙の後、こちらを見ないまま口を開く。
「気付いていらっしゃらないかもしれませんが、あなたはそこにいるだけで目立つのですよ」
それはとんだ皮肉だった。――とはいえ、事実には違いない。
「ふふっ。そうよね、わたくし目立つわよね。当然、悪い方の意味で……でしょうけど」
「そんなつもりは……」
「いいのよ、わかってるもの。それに、目立つというのならあなたの方こそ、いつもご令嬢方に取り囲まれているわね」
「はは……それは生まれのせいでしょう。私が認められているわけではない」
「ご謙遜を」
まさか本当にそのように思っているわけではあるまい。
私はパチンと音を立て、手に持つ扇を閉じる。
「わたくしの評判を知らないとは言わせませんわ」
――そう。これこそが本題だ。私の評判を知っていながら縁談を申し込む者などいるはずがないのだから。
私の本音の問いかけに、ファルマス伯はようやくこちらを振り向いた。
そして何を考えているのか、眉一つ動かさずに答える。
「氷の女王……と」
「そうよ。そしてそれは事実であると申し上げているの」
――人間嫌いのアメリア。
冷酷で、冷淡で……決して他人に笑顔など見せたことはない。
他人に気を遣うことはせず、お世辞の一つも言わず、他人のミスを決して許さず、ダンスを申し込まれても冷たくあしらい、すべての招待状には不参加の返事を送る。
そんな女を妻に迎えたいと思う男などいるはずがない。いるとしたら余程の変人であろう。
「ファルマス伯。あなたにわたくしを妻にする覚悟が本当におあり?」
そう尋ねると、彼は今度こそ表情を変えた。
頬の筋肉が固くなり、眉間に一本の皺が寄る。そこに映るのは、彼の本音――。
この時代の貴族の結婚、それは一言で言えば政略結婚である。大切なのはあくまで形であり、体裁であり、貴族は家の利益のために婚姻を結ぶ。それが恋愛を伴っていたとしても例外ではない。
そういう意味で言えば、確かにこの縁談はセシル家の利になるのだろう。我がサウスウェル家の領地では希少な鉱石が多く採掘されるのだから。
しかしそれ以上に、私を妻にするデメリットが大きすぎる。私は夫となる男にとって手に余る存在となるだろう。
彼はしばらくの間何も言わなかった。何と答えるべきか思案しているのだろう。
つまり、この男は私のことを好いているわけではないということ。――ならば好都合。これならばきっとうまくいく。
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