第54話 偽りの筋書き(後編)


「俺と一緒に過ごすのは、嫌か?」


 あまりの嬉しさに何も答えられないでいる私に、ウィリアムがダメ押ししてくる。


 彼のその不安げな微笑みは、今の私にとって何物にも代えがたい悪魔の果実。誰に指示されずとも、ルイスに促されずとも、答えなどとっくに決まっている。


 私はただ自分の本能に従いウィリアムに応えた。この胸の高鳴りを感じると共に――あなたと共に過ごしたい、と――精一杯の愛を込め、彼に微笑みかける。


 するとウィリアムは、今度こそ心からの笑顔を見せた。とても柔らかい、優しい顔で。深い森の色を映し出したような美しい色の瞳で、私だけをじっと見つめてくれる。


 その表情に、私は……。


 ああ、きっと私はこの先、彼以外の誰が傷つこうと後悔しないだろう。ウィリアムと共にいられるのなら、他の全てを捨ててしまえる。たとえ期限付きの生活であろうと、束の間の幸せとわかっていても、その先の未来で、ウィリアムと別れることになろうとも……。


 だって私は思い出してしまったのだから。彼に抱きしめられたときの、あの胸の高鳴りを。エリオットと愛し合った、あの幸福な日々を――。


 ウィリアムへの熱い思いが溢れ出す。熱くて……熱くて、もうどうにかなってしまいそうなほどに――。そう思った瞬間だった。


 突然視界が霞み、身体がぐらりと傾いた。


 気付けば、どういうわけか私の身体はウィリアムに抱き留められている。


「どうした、大丈夫か?」


 ウィリアムが私の顔を覗き込む、と同時に、私の額に当てられるひんやりとした手のひら。それはウィリアムのものではなく、ルイスのものだった。


「――っ」


 驚いた私は、咄嗟に手を撥ねのけようとした。けれど、どうしても右手が上がらない。

 ルイスはそんな私に、渋い顔を向ける。


「どうして言ってくださらなかったのです。酷い熱だ」

「熱だと……⁉」

「傷のせいでしょう。一昨日は川に落ちていらっしゃいますし……体力が落ちているのかもしれません」


 ルイスの言葉に、私は妙に冷静な頭で思う。確かに、先ほどから傷が痛んでいたなと。


「ウィリアム様、もう少し隅に寄ってください」

「なぜだ……?」

「決まってるでしょう。こうするためですよ」


 刹那――ルイスは語尾を強めると、ウィリアムの身体を無理やり隅に追いやった。

 そして私の身体を――。


「失礼しますよ、アメリア様」

「――⁉」


 ――半ば無理やり、押し倒した。


 瞬間、ウィリアムは動揺する。


「ル……ルイス! こ、これは……」


 ああ、ウィリアムが驚くのも無理はない。だってこれは……。


「ひ、膝枕じゃないか!」


 ――そう。それはまごうことなき膝枕だった。ウィリアムの両膝にのる、私の頭……。


 それにしても、他人に膝枕をしてやるなんてウィリアムには初めての経験なのだろう。

 彼は自分たちの体勢に、口をパクパクさせている。


「ル……ルイス! いくらなんでもこれは……!」

「お嫌ですか? このスペースでアメリア様に横になっていただくにはこれしかないでしょう。なんなら私が代わって差し上げてもよろしいですが」

「――な。……お前が……代わりだと?」


 ルイスの申し出に、ウィリアムの眉がピクリと震える。ルイスに膝枕される私の姿でも想像したのだろうか。――私はまっぴらごめんなのだけれど。


 一方ルイスも、私とウィリアムの感情を読んだのか、次の瞬間には表情を消し、「冗談ですよ」と言い捨てる。そして何事もなかったかのように、外の景色に目を移した。


 こうして、私の膝枕役は無事ウィリアムに決定したのだった。


 ウィリアムは諦めたようにため息をつき、困ったように私を見下ろす。


「少し眠るといい。王都まではまだ時間がある」


 その表情は未だどことなく不服そうではあったけれど、微かに赤く染まった耳が彼の心情を物語っている。


 私はそんなウィリアムの姿をいつまでも見ていたくて、じっとウィリアムを見上げる。

 するとわずかに頬を染め、私から視線を逸らすウィリアム。


「あまり見るな。寝ていろ」


 そのぶっきらぼうな物言いも新鮮で。


 ああ、なんて幸せな時間だろう。熱のせいだろうか――思考が浮ついて、自分の欲望のままにウィリアムを求めてしまう。


 ウィリアムに膝枕してもらえるだなんて、なんて素敵な夢なのかしら……。

 私は熱に侵された頭でそんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。


 傷の痛みはもう感じない。身体は熱いが……それはきっと、ウィリアムの膝の温かさのせい。彼の、頬に差したあかのせい。


 ――愛しているわ、ウィリアム。


 ウィリアムの体温を感じながら、私は眠りへと落ちていった。

 千年ぶりの、幸せな夢を見るために――。

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