第7話 ふたつの魂


 その夜、結良ゆらはなかなか眠れなかった。

 ベッドの脇に置いたカゴの中では、子猫がすやすやと眠っているのに、結良は少しウトウトしただけで目が覚めてしまった。


 昨夜まで続いていた熱帯夜がウソのように、今夜は涼しい。夏掛けの布団をかけても少し肌寒いくらいだ。

 布団にくるまって目をつぶっていると、結良を呼ぶ声が聞こえた。


『結良、起きろ。起きるのだ』


 聞いたことのない、男の人の声だ。


「だぁれ?」


 寝返りをうちながら目を開けてみると、自分を見下ろす白い影が見えた。

 目をパチパチさせてからもう一度見てみると、白い子猫が結良を見下ろしていた。


(あれ? さっきまでカゴの中で寝てたのに……どうやってベッドに登ったんだろう。あんなにぐったりしてたのに……)


 子猫の無事を確かめたくて、結良はガバッと起き上がった。

 抱き上げようと手を伸ばしたが、不思議なことに、子猫のまわりだけが青白く光っていた。


「猫ちゃん……どうしたの?」


 結良が問いかけると、子猫は黒く光る目を結良に向けた。


『……わが名はオキ。おまえたちがケヤキ塚と呼ぶ場所に、封印されていた者だ』


 子猫がしゃべっているのか、それともテレパシーのようなもので話しかけているのかはわからない。けれど、声の主が子猫だということは理解できた。


「ふ……ふういん?」


 言葉の意味が分かったわけではない。

 ただ、倒れたほこらやおばあちゃんの怯えた顔、死にそうだった子猫が目の前で話しかけてきたことを考えたら、答えは一つしかない。


「……あなたは、オキさんの、幽霊なの?」


 結良は子猫の顔を覗き込むようにして、恐る恐る問いかけた。


『確かに、今のわたしは魂だけの存在だ。しかも、完全ではない。封印が解かれた時わたしの魂は二つに分かれ、わたしは死にかけていたこの猫の中に宿り、わが半身は人間の中に宿った。わたしは、分かれた魂の半分を探さねばならない。結良、そなたの力をわたしに貸してくれ』


 結良は、オキのお願いを最後まで聞いていなかった。


「に……人間の中に宿ったって、それってまさか……勇太くんの体を、オキさんの半分が乗っ取ってるってこと?」


 結良が思わず子猫の体を両手でつかみ上げると、子猫は苦しそうにジタバタした。


『こっ……こら、手荒に扱うな! この猫の体はかなり弱っているのだぞ!』

「あっ、ごめん」


 結良は子猫を膝の上に置くと、そっと背中をなでた。


『この猫の命が尽きるまでに、何としてもわが半身を探さねばならない。力を貸してくれるな?』


 首を伸ばして見上げてくる子猫に、結良はこくりとうなずいた。


「うん。何だかよく分からないけど、勇太くんの体を取り戻すためにも力を貸すよ」


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