第19話 正斗、介入す


「良かったぁ。このまま何もしなかったら、この雨と寒さも続いてしまうところだった……」


 良介の答えを聞いて安心した結良ゆらは、夕方のニュースを思い出した。


「えっ、この雨も、そのせいなの?」

 朱里あかりがギョッとしたように結良を見る。


「うん。テレビ見なかった? この雨と低温って、この辺りだけなんだって。この雨が降り始めたのって、おとといの夜からでしょ? ちょうどケヤキ塚の祠が倒された時からじゃない?」


「あっ、そうだよ! あたしたちがケヤキ塚から逃げだした後、すぐに雨が降り出したの。家に帰った時はずぶ濡れだったもの」


 朱里は同意を求めるように良介に目を向けたが、良介は青ざめたような顔でガレージの床に座り込んでしまった。


 その時、結良の目の前にふわりと勇太ゆうたが現れた。どういう訳か宙に浮いている。


「わっ、びっくりした! 勇太くん、なんで飛んでるの?」

「ええっ、勇太が飛んでるの?」


 朱里が結良の腕をガシッとつかむ。


『だってさ、この方が早く移動できるんだよ』

 予想外に驚かれてしまい、勇太は結良たちに言い訳する。

『とにかくさ、オキの〈影〉は、今おれんちにいるんだ。一応、説得してみたから、あとは謝るしかないと思う』


「うん。わかった」

 結良は勇太にうなずくと、良介の方へ向き直った。


「ケヤキ塚のヌシは、勇太くんの家にいるそうです。今から行って謝りましょう!」


 そう言って差し伸べた結良の手から、良介は目を背けた。


「やっ……やっぱやめた! そんなヤツのとこ行って、もしも、謝っても許してくれなかったらどうすんだよ? おれは行かないからな!」


 良介は立ち上がると、踵を返して走り出す。


「あっ、待って!」


 咄嗟に追いかけた結良が良介のTシャツをつかむと、後ろから来た朱里も良介の腕をつかむ。


「良介さん、ちゃんと謝りましょう!」

「そーよ! 今さらジタバタするんじゃないわよ!」


 結良と朱里は、必死に良介を捕まえようとするが、相手は中学二年生の男子だ。あっさり振り払われてしまう。幽霊の勇太は、この場合まったく戦力にはならない。


「逃げるなぁ!」

 結良が叫ぶ。


「そうだよ、逃げるなよ。カッコ悪いぜ、岸!」


 行く手を塞ぐように現れた人影に、良介は慌てて足を止めた。


「おっ……おまえ、森野?」

「お兄ちゃん、なんでいるの?」

「おまえが変な時間に出かけるから、こっそりついて来たんだ。一応、話は聞かせてもらったから」


 正斗まさとはニヤリと笑う。


「おまえの、妹か?」


「そう。なぁ岸、ちゃんと謝ろうぜ。このまま逃げたら悪くなる一方みたいだし、おれも一緒に行ってやるからさ」


「おまえ……が?」


「ああ。一人の時は逃げても良いけど、仲間がいる時は、逃げない方が良い事もある」


 正斗の言葉に、良介は目を瞠った。

 彼の言葉が、学校でいじめられる良介の事を言っているように聞こえたのだ。


「転校してきたばかりのおまえに、何がわかるって言うんだ!」


 良介の胸に怒りがこみ上げてきたが、その怒りは長くは続かず、すぐにしぼんでしまった。

 正斗の言葉は正しい。しかも、今まで誰もが見てみぬふりをしていた良介のことを、助けてくれようとしているのだ。


「……わかった。謝りに行くよ」


 虚勢を張るのを止めた良介は、なんだか急に小さくなってしまったように見えた。


「お兄ちゃんと良介さんは、知り合いなの?」

「ああ。おれたち、同じクラスなんだ」


 正斗は、元気をなくした良介の肩に手を回して、ニカッと笑った。

  

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