第18話 結良の作戦


結良ゆら、こっちこっち!」


 生垣に囲まれた大きな家の前で、朱里あかりが手招きしている。

 雨のせいもあって、辺りはもうすっかり薄暗くなっている。外灯がポツリポツリとついてはいるが、うっそうと生い茂る庭木に囲まれたお屋敷の庭は、暗くてすこし怖い感じがした。


「遅くなってごめん。良介さんとなかなか連絡取れなくて、こんな時間になっちゃったの」


「ううん、大丈夫。ありがと朱里ちゃん」


 結良は自転車を庭の入口に止めると、朱里の後について行った。


「良介さん、そこのガレージで待ってるから」


 朱里が指さした庭の一画には、車が三台ほど止められそうな大きなガレージがあり、そこに、不機嫌そうに腕組みをした少年が立っていた。

 結良はレインコート姿の自分を見て、少しばかり不安になった。

 今から話す内容を彼に信じ込ませるには、この姿では少々、いや、かなりカッコがつかない。


(ま、仕方ないか)


 結良は思いきりよくレインコートのフードをはねのけると、良介の前で立ち止まった。


「あなたが、良介さんですか?」

「そうだ。おまえか、勇太ゆうたのことで話があるってぇのは」


 良介がイライラと聞き返してくる。


「はい。勇太くんの事と、ケヤキ塚の話をするために来ました」

「ケヤキ塚?」


 良介が顔色を変える。

 結良は深呼吸をして心を落ち着かせた。ここからが勝負だ。


「あたしは森野結良といいます。あたしの家は……ケヤキ塚をずっと守り続けてきた巫女の一族なんです」


 結良が真正面から良介を見つめてそう言うと、隣に立っていた朱里が驚いたように声を上げた。


「そうだったんだ! だから結良には、勇太の幽霊が見えたんだね!」


 ガシッと横から朱里に腕をつかまれ、結良は困ったようにうなずいた。


「なっ……なんだよ勇太の幽霊って? おれ、昨日の夜、勇太に会ったぞ!」


 良介が、結良と朱里の会話に入ってくる。怒っているようだが、わずかに声が震えている。

 結良と朱里は顔を見合わせた。


「それって、昨日の夜、坂下公園で、ですよね?」

 朱里が一言一言区切るように確認する。


「そっ、そうだ。なんで知ってるんだ? 勇太から聞いたのか?」


 結良と朱里は、もう一度顔を見合わせた。


「……その時の勇太くん、いつもと様子が違っていませんでしたか?」

「うっ……」


 良介は言葉をつまらせた。

 確かに、昨夜の勇太はいつもと違っていた。背筋がゾクリとするような冷たい瞳をして、良介に危害を加えようとしたのだ。


「昨夜、良介さんが会った勇太くんは別人です。いえ、体は勇太くんですけど、中に入ってる魂が別人なんです」


「なっ、なんだよ……そんな話、誰が信じるかよ!」

 良介はバカにしたように笑ったが、顔は情けなく引きつっている。


「昨日の夜、あなたは勇太くんに、吹っ飛ばされたんじゃありませんか? 何メートルも。しかも勇太くんは、手も触れなかった」


「なっ……」


「今、勇太くんの体に入っている魂は、ケヤキ塚に封じられていた古代の王族の魂です。あなたがケヤキ塚のほこらを倒したことで、封印から解き放たれた魂が、あなたに突き飛ばされて頭を打った勇太くんの体に入ってしまったんです。今起こっている事は、すべてあなたが祠を倒した結果、起きたことなんですよ!」


 結良は、ビシッと人差し指を良介に突きつけた。


「ケヤキ塚のヌシは、祠を倒したあなたを恨んでます。このままだとまた狙われますよ。昨日は、幽霊になった勇太くんが助けてくれたみたいですけど、いつでも助けられる訳じゃないですからね!」


「えっ……勇太が、助けてくれたのか?」


 驚いたように目を瞠る良介に、結良はこくりとうなずいた。


「そうです。ケヤキ塚のヌシに体を乗っ取られて、勇太くんが一番大変な目にあってるのに、あなたを助けてくれたんですよ!」


 結良の声を聞きながら、良介は昨夜の出来事を思い出していた。

 勇太が両手を突き出した瞬間、良介は不思議な風圧に吹き飛ばされて地面に転がった。雨と泥にまみれた良介に、止めを刺すかのように近寄って来た勇太が、急に足を止めた。


 今思えば、勇太はあの時、うるさそうに手を振っていた。

 良介はその隙をついて逃げだしたので、その時何が起こっていたのかはわからない。

 もしかしたら勇太の幽霊が助けてくれたのかも知れない。


「勇太くんは今、ケヤキ塚のヌシを説得しています。自分の体を返してもらう事と、あなたのした事を許してもらう為にがんばっています。あなたも謝ってください。ケヤキ塚のヌシに怒りをといてもらうには、あなた自身が、心から謝るしかないんです!」


「わ……わかったよ。あっ、謝ればいいんだろ?」


 結良の迫力に圧倒されたように、良介はうなずいた。

  

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