第20話 消えた〈影〉


 勇太ゆうたの家は大きな住宅街にある、白い壁にオレンジ色の屋根がとても可愛らしい家だった。しかし、外灯に照らされた庭は草ぼうぼうで、部屋には明かりがついていなかった。


『入れよ。オキの〈影〉はこっちにいるんだ』


 幽霊の勇太に促されて、結良ゆらたちは玄関から中へ入ってゆく。

 良介は緊張しているのか青ざめた顔をしているが、ほかの三人もどことなく表情が固い。

 勇太の体に入っているとはいえ、待っているのはあのケヤキ塚のヌシだ。何が起こるかわからない。


 先頭に立っていた結良は、廊下から部屋の中をのぞき込んだ。

 庭に面したリビングは外灯の光でわずかに明るい。そのリビングの奥に、勇太の姿をしたオキの〈影〉が、床に足を投げ出して座っている。

 すぐ近くにはソファに囲まれたローテーブルがあり、カップラーメンの容器が乗っていた。

 勇太の姿は、ケヤキ塚で会った時と少し印象が違って見えた。


「あ、着替えた?」


『そうなんだ。あいつ、おとといの服着たままだったんだ。ついさっきまで雨の中にいたから、帰ってシャワー浴びさせて着替えさせたんだ。一応おれの体だし、風邪ひかれたら困るしさ。飯も食ってなかったみたいだから、カップラーメン食わせた』


「勇太くん、すごいね! オキの〈影〉と仲良くなったの?」


『そんなんじゃねぇよ。こっちは必死なんだって!』


 勇太は怒ったが、すこし照れているようにも見えた。

 結良は、彼を怖がっていた自分が急に恥ずかしくなった。


『早く入れよ』

「うん。良介さん、行きましょう!」


 結良は良介の腕を引っ張るようにして、リビングに入っていった。


「こんばんは、オキさん。あたしたち、謝りに来ました」


 結良の言葉に反応したように、オキの〈影〉が振り向く。冷たい瞳が結良を見上げ、四人を見回すように視線が動いてゆく。

 その視線が、良介のところで止まった。


 ゆっくりと、勇太の姿をしたオキの〈影〉が立ち上がる。

 ただでさえひんやりとした空気が、さらに何度か下がった気がした。


「わっ、悪かったよ!」


 良介がペタリと床に座り込んだ。


「ケヤキ塚の、ほこらを倒して、ほんとに……本当に、すみませんでした!

 おれ、ずっとイライラしてて……面白いこと探して、気を紛らわせようとしてたんだ。ケヤキ塚に行ったのも、みんなと肝試しをしようと思ったからなんだ。でも、ウワサと違ってちっとも面白くなくて、なんか余計にイライラして、それで、祠に当たったんです。本当に反省してます!」


 良介は勢いよく、頭を床にこすりつけた。


「おれのせいで、勇太にも迷惑かけて……それなのに勇太は、おれのこと助けてくれた。それに、おれが祠を倒そうとした時、勇太はおれを止めようとしたんです。勇太はあんたに、何も悪いことはしてないんです。頼みます、おっ……おれの事は許してくれなくてもいいから、勇太の体は返してやってください! かっ……かわりに、おれの体を使ってもいいですから!」


 良介の言葉に、そこにいた全員が目を瞠った。

 結良は、そっとオキの〈影〉の顔色をうかがった。気のせいかも知れないけれど、氷のようだった〈影〉の瞳の色が、ほんの少し柔らかくなったような気がする。


「あの……オキさん。あたし、あなたの半身から、あなたを探してほしいって頼まれたんです。あなたの半身は死にかけていた子猫に宿ってます。その子猫の命が尽きる前に、あなたを探し出して元通りになれたら、子猫の魂とともに天に昇ると言っています。早く戻ってあげてください」


 結良も頭を下げた。


(ああ、こんなことなら、子猫のオキも連れて来るんだった……)


 自分の不手際を深く後悔したとき、チリン、と鈴の音が聞こえたような気がした。

 結良がハッとして顔を上げると、庭に面したガラス戸のすき間から、白い子猫がすべり込んでくるのが見えた。


「オキ!」


 結良は思わず、床に膝をついて手を差し伸べたが、子猫は一直線に、勇太の姿をした〈影〉の元へ向かっていた。

 結良がハラハラしながら〈影〉に目を向けたとき、〈影〉と目が合った。

 彼はフッと口端をゆがめた。


「こいつの体は返してやる。だが……まだ、帰れぬ」


 オキの〈影〉がそう言った途端、勇太の体から真っ黒い煙のようなものが湧き出した。

 同時に、部屋の中を嵐のような強風が吹き荒れた。

 あまりの風圧に、結良は両手を顔の前にかざした。

 黒い煙を必死に目で追ったが、黒い煙はあっという間にガラス戸のすき間から外へ出て行ってしまった。


 謎の強風がおさまった後、散らかった部屋の中には、床に座り込んだ結良たち四人と、うつ伏せに倒れた勇太だけが取り残されていた。


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