第二章 魂の光と影

第21話 和魂(にぎみたま)と荒魂(あらみたま)


 オキの〈影〉が黒い煙となって消えた翌日、町をおおっていた雨雲は消え、結良ゆらの町には夏の日差しが戻って来た。


「うーん!」


 結良はベッドに寝転がったまま、窓の外の青空に向かって伸びをした。



 あの夜、幽霊の勇太ゆうたは自分の体に戻ることが出来た。

 ちょうど勇太を心配して帰ってきた両親が、倒れている勇太を見つけてちょっとした騒ぎにはなったけれど、勇太がすぐに目覚めてくれたお陰で、嵐の後のように散らかっていた部屋の言い訳もできた。


 今回の騒ぎで良かったことがあるとすれば、勇太の両親がとても反省してくれたことだ。

 勇太に謝る両親の姿を見たとき、結良はほんの少しだけ羨ましくなった。



 チリン。


 鈴の音にベッドから起き上がると、白い子猫が結良の膝の上に乗ってきた。


「オキ……」


 結良は子猫の背中をそっとなでた。


「ごめんね。オキの半身を見つけられなくて」


 あれから何日もたつのに、〈影〉の行方は全くつかめない。

 子猫は元気そうに見えるけれど、命があとどれくらいあるのかわからない。


『かまわぬ……まだ大丈夫だ』

「うん。がんばって探そうね」


 結良は子猫をカゴに入れると、いつものように自転車に乗って牧田のおじさんの畑に向かった。


 牧田のおじさんが、囲炉裏小屋をみんなの遊び場として開放してくれたので、結良たちは毎日のように集まっている。

 囲炉裏小屋を使わせてもらうお礼に、牧田家の畑仕事を手伝ったり、宿題をしたり、〈影〉を探すための計画を立てたりしている。


 勇太ゆうた朱里あかりはもちろん、良介も夜の公園でゲームをするのをやめたようだ。

 良介は兄の正斗まさとと友達になり、結良の家に時々遊びに来る。

 オキの〈影〉が見つからないこと以外は、とても平和な毎日だ。


「もうすぐ、夏休みが終わっちゃうね」


 宿題をしながら、朱里がポツリとつぶやいた。


「うん。オキの〈影〉は、どこに行っちゃったんだろうね?」


 結良は何よりもそれが気になっていた。


「おれ、考えたんだ。普通ならさ、封印されてた魂が解放されたら、ラッキーって思うじゃん? ほこらを壊した良介さんに感謝しそうな気がするけど、オキの〈影〉は怒ってただろ?」


「あっ」

「そうだね」


 結良と朱里は感心したように、勇太の顔をまじまじと見つめる。


「確かに変だよね」

「そう。変なんだけど、そこで訳が分からなくなって、思考停止しちゃうんだ」

「ねえ、オキはどうなの? 封印とけてラッキーだった?」


 結良は、囲炉裏テーブルの上に寝そべっている子猫をつついた。

 子猫はじーっと結良の顔を見てから、『わからぬ』とつぶやいた。

 ゆっくりと起き上がり、テーブルの上に座りなおす。


『わたしはたぶん、眠っていたのだ。封印が解かれた瞬間に、放り出されて目が覚めたような感じがした。我が半身も同じなら、目覚めさせられ、魂が二つに分かれたことに怒り、良介を恨んだのだろう』


「そっか、閉じ込められてたって意識はなかったのね」

 結良はなんとなく納得した。


「そうなるとさ、ますます〈影〉が逃げた理由がわからなくないか? ほかにも何かやりたい事があるのかな?」


「やっ……やりたい事って何? まさか、昔の恨みを晴らすとか……じゃないよね?」


 朱里が肩をすぼめてこわごわと聞く。


「恨みを晴らしたいと思ったって、関係者全員生きてねぇだろ。正斗さんの話だと、オキたちが生きてたのは千五百年も前の大昔だぜ! その子孫とか言っても、今じゃ敵も味方も混ぜこぜで訳わかんないだろ?」


 勇太が一刀両断する。


「そっ……そうだよね」


 朱里は恥ずかしそうにショートヘアの髪をくしゃっとかき回したが、更なる疑問を口にした。


「で、でもさ……どうしてオキの魂は二つに分かれちゃったのかな?」


 朱里のつぶやきに、結良が同意するようにうなずいた。


「うん……あたしもそれが知りたい。オキたちのとはちょっと違うけど、前におばあちゃんから聞いたの。神社には、同じ神様が別の名前で祀られる事があるんだって。和魂にぎみたま荒魂あらみたまって言うらしいんだけど、その神様の優しい面と荒々しい面を分けてるって言ってた。オキの魂も光と影みたいだし、似てると思わない?」


「うん、似てる! 人間でもさ、優しい面と荒っぽい面があるのと一緒だよね?」


 朱里がフフッと笑いながらそう言うと、その隣で勇太がニヤリと笑った。


「わかる! 結良って、黙ってればお姫様っぽいのにさ、良介さんに向かって『今さらジタバタするんじゃないわよ!』って一喝した時、マジでびっくりしたよ」


「あたしも!」


 勇太と朱里に笑われて、結良はプッとふくれた。


「神様と人間の性格を一緒にしちゃダメだよ。それに、あれくらいうちでは普通だよ。いつもお兄ちゃんとケンカしてるんだから!」


「お兄ちゃんかぁ、いいなぁ。結良のお兄ちゃん、カッコイイよね」

 珠里が頬杖をついてフニャリと笑う


「正斗さん、良介さんと仲良くなったみたいで、おれちょっと安心した」

「そうだね」


 結良も素直にうなずく。

 正斗と一緒にいるときの良介は、以前のようなイライラした様子はなくなった。瞳の奥にあった怯えのようなものも、すっかり消えていた。


(これでオキの〈影〉さえ見つかれば、なんの心配もなくなるのに……)


 結良たちの思いとは裏腹に、〈影〉の行方がわからないまま夏休みが終わった。


  

 

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