第22話 違和感


 二学期が始まった。


「森野さん、ちょっといいかな?」

「はい?」


 黒板を消していた結良ゆらは、先生に声をかけられて振り返った。

 ひょろりと背の高い鈴木先生が、結良の自由研究を手に黒板の脇に立っていた。


「森野さんの自由研究、すごくよく出来てたよ。古墳時代のことをよく調べたね。本当によく出来ているんだけど、先生は物語という形にした方がいいと思うんだ。ほら、ケヤキ塚は発掘調査もされていないし、古墳かどうかも確かじゃない。先生も武蔵国のことをいろいろ調べてみたけど、『日本書紀』に書かれているオキという人物は、性格の悪い粗暴な人だったみたいじゃないか。いろいろな点で、事実とは違う部分が多いから、先生は物語という形にした方がいいと思うんだ」


 先生にそう言われて、結良は自分の自由研究『ケヤキ塚のひみつ』をしばし見つめた。


「確かに、そうですね」


 結良は小さく息をついた。

 夏休み中に、正斗まさとがインターネットで古墳時代の出来事を調べてくれた。

 オキ、オミ、オクマという名前があったのは、日本書紀という古代の歴史書で、『武蔵国造くにのみやっこの乱』という、国造の地位をめぐってオミと同族のオキが争った内乱だった。


 結良は正斗と一緒に調べたことと、子猫のオキから聞いたことを合わせ、今までホラースポットだったケヤキ塚のことを夏休みの自由研究として提出した。

 その内容は先生の言う通り、事実だと言われている事をまったく無視したもので、確かに研究でも何でもない。


 結良自身、オキから聞いたことが本当の事かどうか、実はよくわからない。あまりにも遠い昔の出来事だから。


(……でも)


 結良は、自由研究をまとめていた夏休み中に、正斗とした話を思い出した。


「ねぇお兄ちゃん。本当は悪い人じゃないのに、すごく悪い人みたいに書かれてるのは、どうしてだと思う?」


 結良がそう聞くと、正斗は難しい顔をしながら腕を組んだ。


「うーん。そうだな……この場合は、オキを悪者にする事で、オミを良い人だと印象づけたかったんじゃないかな?」


「それは、ヤマトが、オミをムサシの国造にしたから?」


「ああ。国造っていうのは地方のトップだろ? ヤマトの大王おおきみが日本の総理大臣だとしたら、ムサシはまぁ、東京都知事って感じだろ? 当然、オミは良い人でないと困る。反対に、オキは反乱軍の代表だ。悪者でなくちゃいけない。

 そもそも『日本書紀』が書かれたのは〈武蔵国国造の乱〉からだいぶ後だ。書いたのがヤマト側の人間なら、当然、ヤマトにとって都合のいいように書くだろ?」


 正斗の言葉は、結良の疑問をちゃんと解決してくれた。だから、結良は先生にも聞いて欲しかった。



「……でも先生、古代の本に書かれていたことが、全部本当のこととは限らないですよね? 権力のある人に、都合のいいように書かれてしまうこともありますよね?」


 結良がそう言うと、鈴木先生は驚いたように結良の顔を見つめた。

 ゆっくりと眉間にしわが寄る。黒縁メガネの奥の瞳も、次第に険しくなっていった。


「きみは……ずいぶんと生意気な考え方をするんですね。まあいいでしょう。この自由研究は、先生の方で対処しておきます。もう、行っていいですよ」


 鈴木先生の態度が急に変わったことに驚きながら、結良は教室を出た。

 前にいた学校も入れれば、結良はたくさんの先生を知っている。その中でもまだ若い鈴木先生は、優しい先生のような気がしていたのだが。


(鈴木先生って、あんな感じだったっけ? なんだか別人みたい……)


 二学期になってから、結良はいろいろな違和感に戸惑っていた。

 鈴木先生の態度もその一つだが、クラスの女子たちの雰囲気が、夏休み前とは違うことにも驚いていた。


 いちばん目につくのは、朱里あかりに対するイジメかと思うような女子たちの言葉や態度だった。

 一体どうしたのだろう。

 結良が知らない間に、珠里とクラスの女子たちがケンカでもしたのだろうか。それとも、結良が気づかなかっただけで、前からこんな感じだったのだろうか。


 夏休み前の結良は、転校してきたばかりでまだ友達もいなかった。朱里のことも、何となく怖そうな人だなと思っていた。

 でも夏休み中の出来事で、朱里が優しい女の子だとわかった。彼女に対するイメージも、もちろん変化した。


 朱里のツンとしているような態度は、もしかしたら、クラスの女子たちに対する、無意識の防御だったのかも知れない。


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