第23話 消えたバレッタ


 事件が起きたのは、翌日の放課後だった。


「無い! あたしの髪留めバレッタが無いわ!」


 ランドセルに教科書を入れていた春香はるかが、突然大きな声を出した。


「どうしたの、春香ちゃん?」

「無いって、買ったばかりのお花のバレッタ?」

「どこかに落ちてるかもよ。みんなで探そうよ!」


 女子たちが騒ぎだしたので、帰ろうとしていた男子たちも足を止めている。


「昼休みに掃除した時は、落とし物なかったよね?」

「うん、なかった」


 女子たちが教室の床を探し始めたので、結良も自分の机の周りを見回してみた。

 ただのヘアピンとは違い、花飾りのついた髪留めはボリュームがあるので見落とすことはない。


「こっちには落ちてないよ」


 結良が言うと、同じような声が教室のあちこちから上がる。


「ねぇ山内さん、あたしの髪留めバレッタ知らない?」


 春香がいきなり斜め後ろへ振り返り、帰り支度をしていた朱里にそう聞いた。

 教室内は一瞬でシンと静まった。


「えっ、知らないよ」

「でも、あなた見てたじゃない!」

「それって、どういう意味? あたしが、あんたの髪留めを盗んだと思ってるの?」


 朱里が語気を強めると、春香は笑いながら肩をすくめた。


「だって……ねぇ」


 春香が周りの女子たちに視線を送ると、春香と仲の良い女子たちが声を潜めてささやきはじめた。


「朱里ちゃんちって、母子家庭だよね……」

「……やっぱ、買ってもらえないから?」

「夜遅くに公園で遊んでるの、見たって子がいるよ」


 わざと聞こえるように言っているのではないかと疑ってしまうような囁き声に、結良は思わず拳をにぎりしめた。


「きみたち、何を騒いでいるんですか?」


 騒ぎを聞きつけて、教室から出て行ったばかりの鈴木先生が戻ってきた。


「先生! 高橋さんの髪留めが無くなったんです」

「山内さんが取ったんじゃないかって……」

「それで、言い合いになったんです」


 女子たちが口々に説明すると、鈴木先生はいきなり朱里の方へ向き直った。


「山内さん、きみが高橋さんの髪留めを盗ったのですか?」

「盗ってません! あたしは人の物を盗んだりしません!」


 朱里がきっぱりと否定しても、先生は眉間にしわを寄せたまま朱里を見下ろしている。


「本当ですか? きみの家庭の事情は知っています。夜中に出歩いている話も聞いています。一度きちんと話をした方がいいとは思っていましたが……ウソはいけません。高橋さんに髪留めを返して謝りなさい!」


 言葉づかいは丁寧だが、先生は最初から朱里を信じていない。


(なに……これ?)


 結良は呆然とした。

 誰一人、朱里の味方をする人がいない。


(こんなのおかしいよ!)


 一瞬の空白時間を取り戻すように結良は猛然と動き、朱里と先生の間に割り込んだ。


「先生! どうして確かめもしないで疑うんですか? 春香ちゃんも、どうして見ていただけで朱里ちゃんを疑うの? 言いがかりがひどすぎるよ! それに、朱里ちゃんはもう夜中に出歩いたりしてません。放課後は農家の畑のお手伝いをしてるし、夜はお母さんのために夕飯を作ってるんです! 変なこと言わないでください!」


 結良の迫力に押されたのか、教室の中はシーンと静まり返った。

 一瞬の後、鈴木先生が小さく咳払いした。


「そうですね。確かめもせずに山内さんを責めるのは良くありません。みんなは教室の外へ出ていなさい。先生が山内さんの荷物を確認します」


 当然のように朱里の荷物検査をすると言う鈴木先生と、その言葉に何の疑問も持たずに、ぞろぞろ廊下へ出てゆく生徒たち。

 誰一人として、朱里だけが荷物検査をされる不自然さに気づいていない。


(なんで?)


 結良は猛烈に腹が立った。もう一度抗議しようと上を向いた結良を、朱里が止めた。


「いいよ。確かめてもらった方が、こっちもせいせいするしさ」


 自分から、ランドセルや机の中の道具箱を机の上に乗せていく朱里。

 結良は拳を握りしめて、やり場のない思いをかみしめた。



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