第24話 〈影〉の気配


 朱里あかりはずっと、自分がほかの女子たちとは少し違うと感じていた。

 興味を持つこと。感じること。話すこと。

 いろんな事がほんの少し、みんなと違う。


 それはもしかしたら、自分の家が母子家庭で、あまり裕福ではないからなのかも知れないし、そうではないかも知れない。

 とにかく朱里は、自分がかなり浮いた存在であることを自覚していた。


 異質なものを見る女子たちの目に気づいて、ツンとそっぽを向く。

 そんな自分の事が好きなのか、嫌いなのかも、よくわからない。


 朱里の母は、パートの仕事をかけもちしていて、昼も夜も働いている。家にいる時は、たいてい疲れて眠っている。

 寂しいと思ったことは何度もあるけれど、母が働いているのは生きるためだから、わがままを言って困らせないようにしている。


 もちろん、朱里だって欲しいものはたくさんある。でも、連絡を取るために必要な携帯電話と、去年の誕生日に無理して買ってくれたゲーム機だけで十分だった。

 母を助けてあげたくても、小学生の朱里はまだ働くことができないから。


 そんな朱里の生活が、最近、すこしずつ変わってきている。

 夜の公園でゲームをするのをやめて、囲炉裏小屋を開放してくれた牧田のおじさんのために、畑仕事を手伝いはじめた。


 お礼のつもりで手伝っているのに、牧田のおじさんはいつも『お礼のお礼だよ』と言って、畑でとれた野菜を持たせてくれる。朱里はそれがとても嬉しくて、牧田のおじさんとおばさんのことを、会ったことのない祖父母のように思いはじめていた。

 母の帰りを待ちながら、家で夕飯を作るようになったのも、牧田のおばさんのおかげかも知れない。


 でも、一番の変化は、女の子の友達が出来たことだ。

 そもそも、朱里の生活を変えるすべてのきっかけは、彼女と出会ったことから始まったのだ。


「朱里ちゃーん、早いねー!」


 結良ゆらが、自転車で畑の中の道を走ってくる。

 畑の草むしりをしていた朱里は、ゆっくりと立ち上がると、結良に向かって手をふった。


「さっきは……かばってくれて、ありがとね」


 朱里がそう言うと、隣で草むしりをはじめた結良が笑った。


「あたり前だよ」

「春香って、昔から嫌なやつなんだ」

「そうみたいだね。でも……あたしが気になったのは、鈴木先生なの」

「先生?」


 朱里は草むしりの手を止めて、結良の方を見た。


「うん。あたしたちは子供だから、つい意地悪しちゃったり、いろいろ間違えることだってあるじゃない? けどさ、学校の先生が証拠もないのに人を疑うなんて変だと思うの」


「うん……まぁそうだけどね」


「鈴木先生って、前からあんな風だった? あたしは転校して来たからわからないけど、夏休み前の印象となんか違う気がするんだよね」


 雑草をブチブチ引き抜きながら結良がそう言ったとき、勇太ゆうたがやって来た。


「その話さぁ、おれの考えてることと関係あるかも」

「えっ?」

「なにそれ?」


 結良と朱里は、顔を上げて勇太を見た。


「そう言えば勇太くん、朱里ちゃんが疑われた時、教室にいなかったよね? 誰かに聞いたの?」


「うん。おれさ……ちょっと確かめたいことがあって、学校の中をウロウロしてたんだ。朱里のことは、帰りにクラスのやつから聞いた」


 勇太はそう言いながら、結良と朱里の前に座り込む。


「おれさ、オキの〈影〉は学校にいるような気がするんだ。ほら、おれは〈影〉に体を使われてたじゃん? そのせいかわかんないけど、何となくヤツの気配を感じるんだ」


 勇太の言葉に、結良と朱里は目を瞠った。


「まっ……まさか、勇太は、オキの〈影〉が鈴木先生に憑りついてるって言うんじゃないよね?」


「いや、そこまではわかんないよ。ただ、二学期が始まって、〈影〉の気配に気がついてから、学校の中でどこが一番気配が濃いのか探してたんだ」


「それで、わかったの?」

 結良がそう聞くと、勇太はきっぱりと言い切った。


「ああ。パソコン室が一番だと思う」

「パソコン室?」


 結良たちの小学校は、校庭の角にL字型の校舎が建っている。Lの縦線が普通の教室。横線の部分に図工室や音楽室などの特別教室がある。パソコン室は、四階の一番端だ。


「鈴木先生はパソコン部の顧問だから、もしかしたら影響をうけたのかも知れないだろ?」


「でっでもさ、結良は幽霊が見えるんじゃないの?」


 朱里にそう言われて、結良は慌てて首を振った。


「あたし、幽霊が見える訳じゃないよ。勇太くんだって、普通の人にしか見えなかったし」


「でも、さっき鈴木先生のこと変だって言ってたじゃない」


「変だとは思うよ。でもそれは、前は優しい先生だと思ってたのに、二学期になったら、なんだかすごく意地悪な人になっちゃったってくらいの違和感なの。勇太くんは、鈴木先生に〈影〉の気配を感じるの?」


「おれ、朱里が疑われた時はいなかったからわからないけど、授業中とかは何も感じないよ。学校全体にただよってる〈影〉の気配と変わらない感じ」


「そうなんだ……」


 結良はうつむくと、近くの雑草を引き抜きながらつぶやいた。


「でもさぁ、どうしてオキの〈影〉は学校にいるのかな? 夏休み中もずっと考えてたけど、〈影〉はどうして逃げたのかな?」


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