第10話 朱里の話


 牧田のおじさんに案内されたのは、母屋の隣に建つ可愛いログハウスだった。

 靴のまま入れる小屋の中心には、木のテーブルと椅子が四脚。

 テーブルの真ん中は四角くくりぬかれていて、昔の人が煮炊きに使っていた囲炉裏いろりと同じように炭と灰が入っていた。


 結良ゆら朱里あかりが濡れたレインコートを小屋の軒下に吊るしている間に、牧田のおじさんが囲炉裏の火を起こしてくれた。


「すぐに暖かくなるから、ここに座ってな。いまお茶を持ってくるからね」

「すみません。あの、お構いなく……」


 牧田のおじさんが小屋から出て行くと、小屋の中はシンと静かになった。


「……で、どういう事なの?」

 椅子に座るなり、朱里は眉間にしわを寄せた。


「えーとね、信じられないと思うけど、さっき走って行った勇太くんは、本当の勇太くんじゃないの。本当の勇太くんは、幽霊になっちゃって、今ここに居るの」


「はぁ? あんた、何言ってんの?」


 朱里は、結良にからかわれたと思ったのだろう。不愉快そうに椅子から立ち上がった。


「お願い! 最後まで聞いて。昨日の夕方にね、道で勇太くんに会ったの。その時はもう幽霊になってて、あたしは勇太くんに触れなかったの」


 結良は、勇太の幽霊に出会ってからのことを朱里に話した。

 初めは立ったまま聞いていた朱里も、話がおとといの夜のケヤキ塚の出来事になると、椅子に座って真剣に聞きはじめた。


「勇太くんは、突き飛ばされて頭を打った所までしか覚えてなかったの。だから初めは死んだとばかり思ってたんだけど、昨日、自分の家から出てくる勇太くんの体を見つけたんだって。誰かが、勇太くんの体を乗っ取ったんだと思うの」


「やだっ! 変なこと言わないでよ!」


 朱里は、両手で腕を抱くようにして体をふるわせた。


「おとといの夜、朱里ちゃんは勇太くんと一緒だったんでしょ? 勇太くんが倒れた後のことを教えて欲しいの」


「勇太が……倒れたあと?」


 朱里は一瞬眉をひそめたが、仕方なさそうに口を開いた。


「勇太が倒れたあと、良介さんがケヤキ塚のお社? 石でできた家みたいなのを足で蹴って倒したの。そしたら真っ黒い煙みたいなのが出てきて、あたしたち怖くなって……勇太を置いたまま逃げちゃったんだ」


「それじゃ、そのあと何があったか分からないんだ?」

「……うん」


 朱里は申し訳なさそうにうつむいた。

 結良は大きく息を吸ってから、言いにくそうに切り出した。


「実は、まだ勇太くんにも話してないんだけど、昨日の夜ね、この子猫が話しかけてきたの。自分はケヤキ塚に封印されていた者だって。名前はオキ」


「ええっ?」


「封印が解かれた時に、オキの魂は二つに分かれてしまったんだって。それで、半分は死にかけていたこの子猫に宿り、もう半分は人間に宿ったって言うの。あたしも初めは信じられなかったんだけど、今朝勇太くんに、自分の体が勝手に歩いてるって言われて……」


「そっ……それじゃ、さっきの勇太は」


『おれの体を動かしてるやつって……ケヤキ塚のヌシだったのか?』


 今まで黙っていた勇太が口を出してきた。


「うん。そういうこと」


 結良が誰もいないはずの方に向かって話すのを見て、朱里は思わす身を引いた。


「なに? 誰と話してるの? まさか、勇太の幽霊がここにいるの?」

「うん。朱里ちゃんの隣に座ってる」

「ひっ!」


 朱里は身を引いたまま、こわごわと隣の椅子を見る。


『ひでぇな、朱里』

「……ひでぇな朱里、って言ってる」


 すかさす結良が通訳する。


「だって、いくら勇太でも、幽霊なんでしょ?」

『そりゃそうだけどさ、おれの身にもなってくれよ……』


 勇太は朱里の隣に座ったまま、しょんぼりとうつむいてしまう。

 結良はそんな勇太の様子を朱里に話してみた。


「そっか……そうだよね。勇太が一番大変なのに、ごめん」


 朱里が申し訳なさそうに勇太に視線を向けたとき、結良の膝の上で休んでいた子猫が、ぴょんとテーブルの上に跳び乗った。

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