第11話 オキの話


『……おまえたちには、すまないと思っている。だが、わが魂の半身を一緒に探して欲しいのだ』


 昨夜と同じ声が聞こえてきた。


「なっ、何これ! この猫、しゃべった?」

『おれにも聞こえた!』


 勇太ゆうた朱里あかりが、子猫を見つめたまま固まっている。


「二人ともオキの声は聞こえるんだね。良かったぁ。通訳しなくていいんだね」


 結良ゆらがホッとしてそう言うと、子猫の前で固まっていた勇太と朱里が、結良に呆れたような目を向けた。


「あのさ……その魂の半身を探せば、あたしたちに、バチを当てないでくれる?」


 こわごわと、朱里が子猫に問いかける。


「バチって何?」


「あ……うちの学校には、あのほこらに触って大ケガをした人の話が伝わってるの。ケヤキ塚はホラースポットなんだ。おとといの夜も、良介さんに肝試きもだめししようって誘われて……」


 朱里の言葉に、勇太が何度もうなずいている。


「うそっ! あたし何度も触ってるけど、何ともなかったよ」


 結良と朱里と勇太は、同時に子猫のオキをじっと見つめる。


『人にバチを当てるなど、わたしはそのようなことはせぬ!』


 囲炉裏テーブルの上にちょこんと座ったオキは、ツンと横を向く。

 そのまま、どこか遠くを見るように少しだけ顔を上げた。


『はるか遠い昔……わたしは、自分の民と土地を守ろうとしていた。しかし兄上は、わたしが謀反を起こすつもりだと疑い、わたしを処刑した。

 兄上たちは、わたしが怨霊となって仕返しに来ると思ったのだろう。わたしの魂をケヤキ塚に封印した。わたしは仕返しをするつもりなどなかったのに……』


 オキの声がだんだんと小さくなる。


『……それとも、そう思っていたのは、魂の半分となったわたしだけなのか?』


 魂の半分という言葉を聞いて、結良は、勇太の体に宿ったオキの半身を思い出した。


「そういえば……猫のオキは怖くないけど、勇太くんの体を使ってる方のオキは、すごく怖かったの。猫のオキが〈光〉なら、勇太くんの体にいるオキは〈影〉みたいな感じかな」


『実はさ……おれも、自分の体なのに怖かったんだ』


 結良の言葉に誘われて、それまでモジモジしていた勇太も口を開いた。


『昨日の夜、坂下公園でさ、が良介さんを襲ってるのを見つけたんだ。良介さんがケヤキ塚の祠を蹴り倒したから、たぶんあいつは、良介さんのことを恨んでるんだ。

 手も触れずに良介さんのことを何メートルも吹っ飛ばしてさ、このままじゃヤバイって思ったから、おれ、〈影〉の邪魔をしたんだ。その隙に良介さんは逃げて行ったけど、今もどうしているか心配なんだ』


 勇太の言葉を、子猫のオキはじっと聞いている。

 結良は、勇太の話を朱里に通訳してあげた。


「そうなんだ……それで良介さん、怒ってたんだね。夜中にめちゃくちゃ怒ってるメールが来たの。勇太の事ただじゃ済まさないって」


 朱里と結良は、同時にはーっとため息をついた。


「オキの〈影〉を見つけるのと、その良介さんって人を何とかするのと、両方やらなきゃダメだね」


「そうだね」


 二人が力なく笑っていると、母屋につながるドアから牧田のおじさんが入ってきた。


「二人とも、トウモロコシ食べるかい? 茹でたてだよ」


 ニコニコ笑いながら、ホカホカと湯気を立てているトウモロコシとお茶をテーブルの上にのせる。


 結良と朱里は顔を見合わせた。

 今まで深刻な話をしていたので忘れていたけれど、そう言えば、結良は朝ごはんを食べていなかった。


「トウモロコシ大好きです。いただきます!」

「あっ……あたしも、いただきます!」


 結良と朱里はトウモロコシにかぶりついた。口の中にトウモロコシの甘みがじゅわっと広がる。


(もしかして、朱里ちゃんも朝ごはん抜きだったのかな?)


 朱里とはほとんど話をした事がなかったのに、なんだかずっと前から友達だったような、不思議な気持ちになっていた。

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