第9話 結良と朱里


「つかまえてって? え、ちょっと待ってよ……」


 結良ゆらが長い草木をかき分けてケヤキ塚から下りてゆくと、遊歩道と道路がぶつかるT字路に、朱里あかりがポツンと立っていた。レインコートのフードが後ろにずれて短い髪が雨に濡れている。


「朱里ちゃん?」

勇太ゆうたって……こんなに、足、速かったっけ?」


 朱里は少し青ざめた顔で、結良の方に振り返る。

 T字路から見える見通しの良い一本道には、右にも左にも勇太の姿は見えない。


「……だよね」

 ゾッとしながら結良はうなずいた。


『なんで、朱里が来るんだよ! おまえが呼んだのか?』


 勇太の幽霊も本体を追えなかったのか、結良の隣に来てブツブツ言っている。

 結良は仕方なく、もう一度うなずいた。


「あの……朱里ちゃん?」

「なに? 転校生のあんたが、勇太の事で話があるってどういう事?」


 朱里は、にらむようにじっと結良を見ている。

 家を出る前に、結良は電話で朱里をここに呼び出した。でも、ちゃんと説明する時間がなくて、来てくれるかどうかは賭けだった。


「あのね、長くなるけど、最初から話すから聞いてくれる?」


 結良がそう言った時、畑の方から声がした。


「結良ちゃんじゃないか! こんな雨の中で何やってるんだい? おやおや、二人ともずぶぬれじゃないか」


「あっ、牧田のおじさん……」


「こんな所で話をするなら、うちで雨宿りしていきな。夏だっていうのに今日は肌寒いくらいだ。濡れたままにしとくと風邪ひくよ」


 牧田のおじさんの言う通り、地面に倒れた結良も朱里もびしょびしょだった。

 朱里がスッと離れて行こうとしているのに気づき、結良はとっさに彼女の手をつかんだ。


「ありがとう。それじゃ雨宿りさせてもらいます!」

「いいとも。自転車も忘れずに持っておいで」


 牧田のおじさんはそう言って、畑の中の道を歩き出す。


「とりあえず雨宿りさせてもらおうよ。話はそこでするからさ」


 朱里にそう提案したとき、チリンと鈴の音がして、結良の足元に冷たい水しぶきが飛び散った。


「冷たっ!」


 足元を見ると、結良の足に子猫がすり寄っていた。


「あ、ごめんっ! 忘れてた!」


 ケヤキ塚にカゴを置いたままだったことを思い出し、結良は子猫を抱き上げた。


「あっ、その猫……」

「この子は昨日ケヤキ塚で拾ったの。オキっていうのよ」

「あたしも……おとといの夜、見た。けど……その猫、死にそうだった……」


 朱里は泣きそうな顔で子猫を見ている。


 転校生の結良にとって、朱里はクラスの中でも話しかけにくい、ちょっと怖そうな女の子だった。でもそれは、彼女のことを何も知らないせいだったのだ。


(ほんとは優しい子なんだ)


 結良は、朱里の隠れた一面を知ってちょっぴり嬉しくなった。


「あたしが拾った時も、死にそうだった。実はこの猫も、勇太くんに関係があるの」

「えっ?」


 朱里が戸惑ったような目で、結良を見返す。


「おじさんちに行ってから話す。行こう!」


 結良は朱里に手を差し伸べた。

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