第8話 ニセモノを捕まえろ!


結良ゆら、起きろ! 頼むから、起きてくれよ!』


 声なき声に起こされて、結良はうっすらと目を開けた。


「あれ……勇太ゆうたくん?」


 幽霊になってしまったクラスメイトの姿を確認すると、結良はあわててベッドから飛び起きた。


「よかったぁ。昨日、急にいなくなっちゃったから心配してたんだよ」


『わ……悪かったよ。けど、それどころじゃないんだ! おれ昨日の夜、おれを見つけたんだ』


「へっ?」


 結良は首をかしげる。


『だからさ、おれの体が、勝手に動いてんだよ。しかも良介さ……おれの友達に危害を加えようとしたんだ。おれ、必死で止めようとしたんだけど……』


 勇太の話を聞きながら、ふと視線を感じて結良は横を向いた。

 ベッドの脇に子猫がちょこんと座っている。


(そうだ! 昨日の夢……じゃなかったんだ!)


 子猫が語ったことと、勇太の話は一致する。


「勇太くん! その勇太くんの体は、今どこにいるの?」


『そうだった。おれの体、今ケヤキ塚にいるんだ。頼む、一緒に来てくれないか?』


 勇太は両手を合わせて頭を下げる。


「もちろん行くよ。着替えるから下で待ってて!」


 結良は勇太を部屋から追い出すと、素早く着替えて子猫のカゴを手に取った。


「オキ……あなたも行くでしょ?」


 ベッドの上に座っていた子猫にカゴを近づけると、子猫がピョンと飛び乗った。



(朝っぱらから雨のケヤキ塚……まさかの二日連続!)


 心の中でグチをこぼしながらレインコートを羽織り、結良は自転車を走らせた。もちろん、子猫のカゴにかける雨よけのビニール袋も忘れない。


 しばらくすると、雨に煙る畑の向こうに、ケヤキ塚の小山が見えはじめた。


『結良! 早く! まだいるよ』


 ひと足先にケヤキ塚に向かった勇太の声が聞こえてくる。

 結良は自転車を止めると、子猫の入ったカゴを抱えて、昨日と同じようにレインコートのフードをつかんだ。


 草や木の葉から飛び散る雨粒を浴びながら、勢いよくケヤキ塚に駆け上がる。

すると、広場の奥にある祠の前に、二人の勇太が立っているのが見えた。

 彼らは互いに、じっと睨み合っている。


 結良には同じ人が二人いるようにしか見えないのだが、こうして並べて見ると、違うところが一つだけあった。


(雨に濡れてるのが勇太くんの本体! オキの魂の半分だ!)


 結良は広場の端にそっと子猫のカゴを置くと、そのままそっと近づき、勇太の本体に手を伸ばした。


「つかまえた!」

 逃げられないように、勇太の手を両手でつかむ。


「あなた、オキの半身でしょ? この体は勇太くんの体なのよ。勝手に使わないで! 早く勇太くんに返してよ!」


 強気に言い放つ結良に、勇太がゆっくりと振り返った────が、その瞳を見た瞬間、結良の背中を冷たい汗が伝った。

 見た目は勇太と同じなのに、瞳だけがまるで別人なのだ。

 冷たくて、底知れない暗闇を感じる瞳。

 恐ろしいのに、結良は彼の瞳から目が離せなかった。


「……わたしの邪魔をするな!」


 勇太の体に宿ったオキは、低い声でそう言うなり、結良の手を振り払った。

 たった一振りで結良の体は軽々と吹っ飛び、次の瞬間には地面に投げ飛ばされていた。


「痛ったぁ!」


 地面に倒れたままの結良の前を、勇太の本体が通り過ぎてゆく。


『結良、大丈夫か? 追いかけられるか?』

 オロオロと勇太の幽霊が言う。


「だ、大丈夫!」


 結良はあわてて立ち上がると、勇太の本体を追ってケヤキ塚から下りようとした。


「うわぁっ! えっ、勇太? ちょっと待ってよ、どこ行くの? 良介さんカンカンだよ! 勇太ぁ!」


 女の子の声がした。


「もしかして、朱里あかりちゃん? お願い、勇太くんをつかまえて!」



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