第三章 玉響の光

第33話 神守の一族


 朱里あかりの疑いが晴れた次の日、〈影〉の気配は学校からきれいさっぱり消えていた。


〈影〉を探す手がかりを失くして、身動きが取れないでいる間に九月が過ぎ、十月の運動会が終わると急に秋めいてきた。

 子猫のオキの具合は良くなったり悪くなったりを繰り返し、心配な日々が続いていた。



「オキ……」


 おばあちゃんの部屋の座布団に寝ているオキを、結良ゆらはそっと撫でた。


「あたしね、やっぱり〈影〉を探したい。このままにしちゃいけない気がするんだ」


 そう言って結良が座布団の横にゴロンと転がると、子猫の耳がピクリと動き、オキが目を開けた。


『わたしのせいで……気苦労をかけるな。恨みなど残さず、さっさと天に昇っていれば、そなたや、そなたの一族にも苦労をかけることはなかったのに……』


 子猫のオキは、しょんぼりと俯いてしまったが、結良は彼の言葉にハッと目をみはった。


「そうだ! ずっとオキに聞きたいと思ってたんだ。うちの家ってオキと何か関係があるの?」


『ああ……そなたの家は、古くから続く、土地神を祀る一族だと思う』


「土地神を祀る一族?」


 結良はふと、良介を説得するときに考えた作り話を思い出した。

 おばあちゃんから聞いた話にいろいろって、自分の家は『巫女の家系』だという話をでっち上げた────のだが、どうやら事実に近かったらしい。


『わたしの生きていた頃は〈神守りの一族〉と呼ばれ、わがムサシにずっと仕えてくれていた。わたしはその一族の娘と年が近かったから、よく遊んだものだった。名を……イチハといった』


「イチハ?」


『そうだ。あの娘に、おまえはよく似ている』


「あたし、イチハさんに似てるの?」


 結良は驚いて目を瞬いた。


『ああ。だから……わたしは〈影〉のことが余計に気にかかる。わたしと同じ思いを〈影〉も持っているとしたら……』


 子猫のオキにじっと見つめられて、結良はドキッとした。

 視線を外したいのに外せない。子猫の瞳の向こうに、黄昏色の世界で会ったオキの姿が見えるような気がした。


「おーい、結良! 夕飯何にする?」


 台所から正斗の声が聞こえて来た。

 結良はハッと息を呑んで、あわてて立ち上がった。


「いま行く! オキ、また後でね」




 その夜は、昼間オキから聞いた〈神守りの一族〉のことが頭から離れず、結良はなかなか眠れなかった。

 だから、ベッドから抜け出して、本棚に置いた鈴のくしろが入った黒漆の箱を手に取った。


 おばあちゃんには「お守り代わりに持っていなさい」と言われたけれど、結良はずっと本棚に置いたままにして、黒漆の箱から取り出すことさえしなかった。

 それは、この釧が少し怖かったからだ。


「うちは……神守りの一族って呼ばれてたんだね」


 箱のフタを開けて、中の鈴釧を持ち上げる。やはり、手にジーンとしびれるような力を感じた。

 これを残したのは、はるか昔のご先祖さま。神を祀るイチハの一族。


「その人たちは、この鈴の釧に魂を封じたら、オキがどうなるのか知ってたのかな?」


 結良はおそるおそる鈴釧に手を通した。


「やっぱり……これは、使いたくないよね。イチハさんだって、そう思ってたんじゃないかな?」


 そうつぶやいたとき、目の前がほのかに明るくなった。

 まるで、見えないスクリーンがあるかのように、明るくなった部分に映像が浮かび上がる。


 ベッドに座って、布団にくるまっている感触もあるのに、結良の目に見えるのは、草原に囲まれた小高い丘の風景だった。


「なに……これ?」


 結良は映像から目が離せなくなった。

  

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