第32話 ナイショだよ!


(オキは疑いを晴らせないまま亡くなったから、朱里あかりちゃんの辛さがわかるから……だから、疑いを晴らせって言ったのかな?)


 黄昏色の世界で会ったオキの〈影〉は、確かに怖かったけれど、それほど悪い人には見えなかった。

 子猫のオキは、もう〈影〉を探さなくてもいいと言ったけれど、結良ゆらはそう思えなかった。


 朱里の疑いも晴れて、もしかしたら〈影〉の気持ちも変化しているかも知れない。一つの魂に戻っても良いと思っているかも知れない。

 そう思って、朱里の疑いが晴れたその日の放課後、結良は一人でパソコン室に行ってみた。

 誰もいない教室の窓から、桜の木に向かってつぶやいてみる。


「ねえオキ、朱里ちゃんの疑いは晴れたよ。これで気は済んだ?」


 結良の問いかけに、もちろん答えはない。そんなに期待していたつもりはなかったのに、少しがっかりした。


 ガラガラ、とパソコン室のドアが乱暴に開いた。


「ほら、やっぱりいたじゃないか!」


 怒ったような顔の勇太ゆうたと、朱里が入ってくる。


「結良! おまえ、一人で勝手にパソコン室に来るなよ。この間のこと忘れたのか? おれたちがいなかったら、おまえマジで危なかったんだぞ! もう〈影〉に近づくなって、オキにも言われたんだろ!」


 めちゃくちゃ怒っている勇太に、結良は首をかしげる。


「そうなんだけど……朱里ちゃんの疑いも晴れたし、大丈夫かなって」

「大丈夫かなって、そんなのが通用するようなヤツじゃないだろ!」

「えっと……ごめん」


 勇太の剣幕に押されて、結良は思わず謝った。


「いいか、もう絶対に一人で行動するなよ!」


 人差し指をビシッと結良の目の前につきつけて、勇太は怖い顔をする。


「もうそれくらいにしときなよ。結良がびっくりしてるじゃん」


 朱里が笑いながらそう言うと、勇太はさらに怖い顔で朱里を見る。


「おまえらこそ、もう少し危機感持てよな!」


 勇太はそう言うと、ランドセルを片手で持ったままパソコン室から出て行ってしまった。


「なんか、心配かけちゃったね」


 結良が謝ると、朱里は笑いながら結良の手を取った。


「勇太はさ、結良のことが心配なんだよ。あいつ、結良のことが好きだからね」

「えっ? それって……勇太くんがそう言ったの?」


 結良の心臓がドキッと大きく鼓動したのは、きっと春香の事を思い出したせいだ。


「言わなくてもわかるよ。勇太とは保育園の時からのつきあいだからね」

「保育園から?」


 結良の頭の中に、小さな勇太と朱里の姿が浮かんできた。

 遊具で遊んだり、ケンカをしたり、子犬のようにじゃれあう二人の姿を想像するのは難しくはなかった。


「いいね、そういうの。ちょっとうらやましいな」


 結良にも幼稚園からの友達はいたはずなのに、こんな風に何でも話せる友達はいなかった。


「あたしがこんなことを言うのはね、結良が鈍そうだからだよ」

「えっ? あたしって……ニブイの?」


「あたしのカンだけどね。幽霊が人間に見えちゃう結良は、たぶん鈍いんだと思うよ」


 こんな風にはっきりズケズケ言われても、朱里には不思議と腹が立たない。


「無理に好きになれとは言わないけど、ちょっとは勇太のことも気にかけてやってよね」


「えっ……う、うん。でも、朱里ちゃんは? あたし、朱里ちゃんは勇太くんのこと好きなんだと思ってた」


「は? やだっ。あたしらはただの幼馴染だよ。それにね、あたしは結良のお兄ちゃんのファンなんだ!」


 朱里は照れくさそうに笑うと、人差し指を唇に当てて「ナイショだよ!」と言った。


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