第31話 春香の謝罪


「待って!」


 結良ゆらは、とっさに春香はるかの腕をつかんだ。


「ねぇ、もしかして、朱里あかりちゃんの机にその髪留めバレッタを入れようとしてた? どうして朱里ちゃんに意地悪するの?」


「……だって、あの子ムカつくんだもの!」


 応えてしまってから、春香はハッとしたように口元を手で押さえたが、やがて開き直ったように笑みを浮かべた。


「森野さんは転校生だからわからないだろうけど、あの子って嫌われてるのよ。みんな言ってる。山内さんって変だよねって。あたしもそう思う。言うこともやることもみんなから浮いてて、嫌われてるのに平気な顔してて、すごくムカつく!」


 吐き出すように朱里の悪口を言う春香に、結良は怒りを覚えた。


「嫌いだからって、どうしてやってもいない罪をなすりつけるの? 朱里ちゃんがみんなから疑われるようにして、なにが楽しいの? そんなことしてたら、勇太くんにも嫌われちゃうよ!」


 つい、口が滑ってしまった。

 勇太の姿を目で追っていたからって、春香が勇太を好きだとは限らない。これは結良の勝手な想像にすぎないのだ。

 しかし、春香はみるみる顔色を変えた。あれほど強気だった彼女が、今は泣き出しそうな顔をしている。


「どうして……あの子なの? 勇太くん、普段は男子とばかりしゃべってて、女子で話をするの、あの子だけなのよ。変じゃない?」


「別に、変じゃないと思うけど……」


 あたしもしゃべってるし────と心の中でつぶやきながら、結良は春香を見つめた。

 

 春香は明るくておしゃれで、いつも女子たちの中心にいる子だ。

 もしかしたら、何でも自分が一番じゃないと気が済まないタイプの子なのかも知れない。

 そう思ってすぐ、結良は自分の考えを打ち消した。


 いつもの春香なら、自分の悪意を封じ込めることが出来たはずだ。

 これは『負の気』のせいなのだ。


「朱里ちゃんはすごく一生懸命で、がまん強い子だよ。感情表現はヘタだけど、みんなの言葉に傷ついてない訳じゃない。よく知りもしないで嫌うなんて変だよ。例え朱里ちゃんの机からその髪留めが出てきても、勇太くんは朱里ちゃんのことを信じると思う」


 幼馴染だという朱里と勇太の結束は強い。

 もしも勇太が幽霊にならなかったら、結良だって彼らと親しくはなれなかっただろう。


「悪いことをしたと思ってるなら、謝った方が良いよ。今日のことは誰にも言わないから、朱里ちゃんに疑いをかけたことだけは、ちゃんと謝ってね」


 春香は口をへの字にして結良の言葉を聞いていたが、何も答えてはくれなかった。



 〇     〇



 翌朝。

 結良と朱里が教室に入ると、待っていたかのように春香が動いた。


「山内さん、ごめん!」


 朱里の席の横に立ち、春香が勢いよく頭を下げた。


「あっ、あたしのバレッタ、手さげ袋の中から見つかったの。山内さんを疑って……ひどいこと言って、ごめんね!」


 いきなり春香に謝られた朱里はもちろん、教室にいる全員が驚いて春香を見つめていた。

 もちろん、春香の言葉の中にはウソが混ざっていたけれど、彼女は結良が願った通り、「朱里に疑いをかけたこと」にはしっかりと謝罪していた。


 自分のプライドと、謝らなくてはならない事とを秤にかけて、必死で考えて決めた、これが春香なりの謝り方なのだろう。

 それでもいいと、結良は思った。


「────いいよ。気にしてないからさ」


 朱里はあっさりと、春香の謝罪を受け入れた。

 春香が驚くほど、朱里は文句一つ言わなかった。

 そんな二人を見ながら、結良は思わず笑みを浮かべた。


 ちょっと冷たそうに見えるのに、実は怖がりで、とっても優しい朱里。その明るくてさっぱりした性格を、結良は友達として誇らしく思った。


 どこからともなく、拍手がおこった。

 この時を境に、教室の空気がほんの少し優しくなったような気がした。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る