第41話 再び異空間へ


「オキ! いるんでしょ?」


 結良ゆらはゆっくりと視線をめぐらせた。

 風になびく枯れ草の草原は結良の世界と同じ秋の風景だが、この閉じられた世界に季節は関係ない。

 この淋しい風景は、きっと、オキの心の風景なのだ。


「オキ?」


 立ち位置は変えぬまま、もう一度ゆっくりと回転した時、木立の傍らに佇む人影を見つけた。


(いた!)


 結良は枯れ草を踏みしめて、若木のように細い木ばかりの木立に向かって歩き出した。

 一歩進むごとに、人影が大きくはっきりと見えてくる。


 スラリとした体を包むのは、紺色の衣。かつて身に着けていた甲冑と剣は、今は見当たらない。

 長い髪は束ねておらず、草原を渡る風になびいている。


 以前会った時は、まるで〈負の気〉がこごって人になったような印象を受けたけれど、今の彼は、どこかくつろいだような静かな雰囲気をまとっていた。

 だからだろうか。結良は恐ろしさを感じなかった。

 若木の林のやや手前で立ち止まり、結良はオキを見上げた。


「オキも、お墓参りに来たの? 学校からオキが消えちゃうから、あたしたち探したんだよ」


 結良の問いかけにオキは答えない。ただじっと、結良を見下ろすばかりだ。

 その瞳に怒りや憎しみの色はなかったけれど、じっと見つめられ続けるのは、何だか居心地が悪かった。


「……あたしね、イチハさんの子孫なんだって。猫のオキから聞いたの。子供の頃よく遊んだって」


 そう言ってオキの表情をうかがうが、彼は表情を変えなかった。


(知ってたのかな?)


 驚かせようと思っていたのに、これは予想外だ。

 続く言葉を探していると、オキが口を開いた。


『おまえはイチハによく似ている。姿形だけではなく、魂の光も……』


「そんなに似てるの? イチハさんは、神守りの一族の巫女だったんでしょ? ずっとムサシに仕えていたって。猫のオキに聞いたのはそれだけなんだけど、うちの蔵の中にこれがあったの。オキの恨みを恐れた国長が大巫女さまに作らせた、魂を捕まえられる腕輪なんだって」


 結良は左手を突き出すと、トレーナーの袖をめくり上げた。

 ほんの少し、オキの瞳が揺らいだ。

 結良は気づかずに包帯をほどいてゆく。


「イチハさんの思いがこれに宿ってたの。この鈴釧すずくしろを腕に通したとき、イチハさんの記憶の一部が見えたの。彼女の想いを、あなたにも知って欲しくて」


 結良は鈴釧の表面をそっと撫でた。


「イチハさんは……オキの死をとても悲しんでたよ。それに、神守りの一族の大巫女から命じられても、この鈴釧は絶対に使いたくなかった。だからイチハさんは、自分の子孫にメッセージを残したんだと思う。オキのお兄さんの思いも一緒に……」


 鈴釧に向けていた視線を、ゆっくりとオキに向ける。


「あなたが天に還りたくなかったのは、お兄さんがどんな思いで、あなたを処刑する道を選ばなきゃならなかったのか、その本心を知りたかったからじゃないの?」


 オキの表情は変わらない。


「……ちがうの?」


 結良の心に不安の影がさした。



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