第37話 勇太の心配


結良ゆら!」


 学校帰り。

 川沿いの遊歩道で、結良は勇太ゆうたに呼び止められた。

 驚いて振り返ると、どこから走って来たのか、ハアハアと盛大に息を切らせた勇太が立っていた。


「どうしたの、勇太くん?」


 ドキドキしながらそう尋ねてはみたが、勇太が追いかけて来た理由はひとつしかない。


朱里あかりちゃんから、オキの話を聞いたんだ……)


 そもそも、勇太はこの遊歩道を通って下校しない。

 この後いつものように牧田のおじさんの囲炉裏小屋に集まるのに、勇太がわざわざ結良を追いかけて来たのは、〈影〉探しに反対するために違いない。


(なんか、嫌だなぁ)


 鱗雲が漂う空を見上げて、結良はため息をついた。


「結良……あのさ」


 勇太に呼びかけられて、結良の心臓が飛び跳ねた。

 以前朱里から、「勇太が結良のことを心配するのは好きだからだよ」と言われてから、何となく勇太のことを意識してしまう。

 三人でいるときは平気なのに、勇太と二人だけになると必要以上に緊張してしまうのだ。


「オキとイチハのこと、朱里から聞いた」


「……うん」


「オキと〈影〉の両方を天に還したいっていう、おまえの気持ちはわかるけど……おれはやっぱ反対だ!」


 勇太は眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げている。


「どうして? あたし、ちゃんと気をつけるよ」


「相手は幽霊だぞ! 神出鬼没なうえ、この前みたく別の空間に引き込まれたら、おれたちじゃどうしようもないだろ!」


「でも……あたしは、〈影〉がそんなに悪い人だとは思えないよ」


「それは、おまえがイチハに似てるからだろ? あいつはイチハが好きだったんだ! だから! イチハに似てるおまえに近づこうと!」


「……へ?」


 結良は目を瞬いた。

 勇太の言葉の意味を理解した途端、笑いが込み上げてくる。


「やだぁ、勇太くん!」


 あははっ、と結良が笑い飛ばすと、勇太はさらに顔をしかめた。


「おれは……おまえのこと、心配して言ってんだぞ!」


「あ……ごめん」


 結良は思わす視線をさまよわせた。

 勇太が心配して追いかけて来てくれたことは、結良もわかっている。


「心配かけてごめんね」

「いっ、一応、おまえは命の恩人だからさ……」

「命の恩人? なにそれ大袈裟……」


 勇太にジロリとにらまれて、結良は口をつぐんだ。

 どうやら勇太は、幽霊になっていたときに結良に助けられたことを、恩に着ているらしかった。

 ホッとしたような、ちょっとだけ残念なような、複雑な気持ちで結良は笑った。


「でもね、あたしはやっぱり〈影〉を探したいの。二人のオキを一つにして、天に還したいの。オキの為だけじゃなくて、あたし自身の為にそうしたいの」


「それって、神守の一族のことか?」


「うん。あたしの代で終わりにしたいの。オキの魂をちゃんと天に還すためには、〈影〉を探さないといけないの。だからお願い! 勇太くんも協力してくれないかな?」


 結良が両手を合わせてお願いしても、勇太はしばらくの間うつむいたまま難しい顔をしていたが、顔を上げた時はいつもの表情に戻っていた。


「わかったよ。どうやって〈影〉を探すか、じっくり検討しようぜ。囲炉裏小屋で作戦会議だ!」


「うん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る