第38話 新たな疑惑


 結良ゆらたちがいつものように、畑の草むしりをしてから囲炉裏小屋に行くと、牧田のおじさんが囲炉裏の灰をかき回していた。


「ちょうど焼き芋が食べ頃だよ」


 牧田のおじさんはそう言って、灰の中からアルミホイルに包んだサツマイモを取り出した。


「熱いから気をつけてな。ほら、軍手をして食べるといいよ」

「わぁ、ありがとう!」


 新しい軍手をつけた結良が、サツマイモを半分に割ってみると、黄色い断面からフワリと白い湯気が立ち昇った。


「おいしいね!」

「うん。うまーい」


 焼き芋を頬張りながら、三人は消えた〈影〉をどうやって探すか話し合った。


「勇太はあれから気配を感じないの? 学校にはいないとしてもさ、町のどこかにいるかもしれないじゃん」


 朱里の質問に、勇太は大げさに首を振る。


「おれの行動範囲にはいないよ」

「え、そうなの?」


 結良はがっかりした。

 正直に言えば、〈影〉を探すのに勇太の感覚を頼りにしていたのだ。


「結良、いるか?」


 囲炉裏小屋の入口から、正斗まさとがひょっこりと顔を出した。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

「ちょっと新情報があってさ、おまえらに教えてやろうと思って」


 正斗はちょっと得意げに笑いながら小屋の中へ入って来ると、椅子を引っ張って来て腰かけた。


「夏休みの自由研究の後も、時々『武蔵国造くにのみやっこの乱』のこと調べてたんだ。そうしたら、オキに協力したオクマに関する、気になる説を見つけたんだ」


「気になる説って?」

 勇太が目を見開いて、喰いつくように先をうながす。


「うん。オミがムサシの国造になった後、オキは処刑されただろ? でもオクマにはお咎めがなかったらしいんだ」


「え、それって……」


 思わず眉をひそめた結良に、正斗がうなずく。


「オクマのカミケヌ国は、ムサシの反乱に関わった罰として、いくつかの土地をヤマトに差し出したらしい。でも、オクマは処刑されていない。

 ムサシはオキを処刑した上で、四か所の土地をヤマトに差し出したのに、ずいぶんと差があるだろ? まぁ、あくまでもネット上の説だけどさ」


「なんでそんなに差があるんですか?」

 朱里が不満そうにつぶやく。


「うん。確証はないけど、ヤマトとの関りの違いじゃないかな。しかも、新情報はそれだけじゃないんだ。

『武蔵国造の乱』のどのくらい後なのかわからないけど、オクマはヤマトの中央官人になってるらしいんだ。中央官人ってのは、たぶん国の役所のエリートだよな」


「うそっ、なんで?」


 結良は憤慨した。

 オクマは、オキと一緒に乱を起こそうとしていた。オキはその為に処刑されたのに、オクマは処罰どころか、その後ヤマトの都へ行き、大王に仕えていたかも知れないだなんて────。


「なっ、怪しいだろ?」

 正斗がニヤリと笑う。


「オキから聞いた話とオクマの処遇から考えると、オキはだまされていた可能性がある。そう思わないか?」


「オキが……だまされてた? それってまさか、オクマがわざと、オキに戦をさせようとしたってこと?」


 結良の問いに、正斗はうなずいた。


「結良が見たイチハの記憶の中で、オミが語った「大王の策謀」って、オクマのことじゃないかな?」


「あ……」


 イチハの記憶の中で、オミがなぜオキの墓の前で謝罪したのか、大王の策謀とは何だったのか、結良には理解出来なかった。


「まさか、オキが無実だと……戦の準備がオクマの陰謀だと……知ってたってこと?」


 囲炉裏小屋の中が、シンと静まり返った。


「ひどいっ! ひど過ぎるよ!」


 静寂を破ったのは朱里だった。

 普段クールな彼女が、顔を真っ赤にして怒っている。それだけオキのことを思ってくれているのだ。


「まぁ、おれたちはオキの話しか聞いてないし、オキの言ってることが全部本当のことかもわからない。オクマが中央官人になったって情報だって、真実かどうか確かめようがない。かなり一方的な見方だけどさ」


 正斗がなだめるようにそう言って、囲炉裏を囲む結良たちを見回した。


「〈影〉探しも難航してるみたいだし、北部ムサシの古墳が集まる【さきたま古墳公園】に行ってみないか?」


「さきたま古墳公園?」


「おれ知ってる! 古墳がいっぱいある所だよ。結良は知らないだろうけど、おれたち遠足で行ったんだ」


 勇太の隣で朱里もうなずいている。


「ここからそう遠くないし、オミの墓もそこじゃないかと思うんだ。もしも〈影〉がその辺りに居たら、見つけられるかも知れないだろ? 今度の日曜に、みんなで行ってみないか?」


「行く行く、行きます!」

 元気よく勇太が手を上げる。


「あ、あたしも行きます!」

 その隣で朱里も慌てて手を上げる。


「お兄ちゃん……それ、オキも連れて行くの?」


「ああ。具合は悪そうだけど、もしかしたら〈影〉に会えるかも知れない。オキも行きたいと思うんだ」


「そっか。そうだよね」


 結良は複雑な気分のままうなずいた。

 正斗の言う通りだ。もしも〈影〉に会えたら、二つの魂は元の一つに戻れるかもしれない。オキの為にはそれが良い。


 そう思う一方で、子猫とオキが逝ってしまった時のことを考えると、結良は心が沈んでいくのだった。

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