第39話 さきたま古墳公園
日曜日。
稲刈りが終わって茶色くなった水田地帯が広がる町に、そこだけこんもりとした小山が集まっている。ここが〈さきたま古墳群〉だ。
日曜日なので博物館は混雑していたが、広大な敷地にたくさんの巨大古墳がある公園は見学者も分散するのか、結良たちが立っている場所にはほとんど人がいなかった。
「いい天気でよかったね」
「うん」
ポカポカと暖かいこんな晴れた日なら、オキもきっと心穏やかにオミのお墓を見上げることが出来るだろう。
二つの小山が連なったような古墳を、結良は見上げた。
「ここがオミのお墓なの?」
結良が聞くと、
「いや、さすがにそれはわからないよ。ただ、造営年代が一番近いかなと思っただけ。オキの一族が眠っているのは間違いないよ」
「そっか、そうだよね」
大きな前方後円墳の周りには、盛りを過ぎたコスモスの花が風に揺れている。
「まぁ、
北を指さす正斗の説明に、結良は神妙な顔でうなずいた。
「ワカタケル……雄略天皇に仕えたヲワケのお墓だよね?」
「ヲワケ本人か、ヲワケから鉄剣を下賜された部下なのかはわからないけどね。とにかく関係者だ」
曖昧な笑みを浮かべたまま、正斗は指先を少し西へ向けた。
「ちなみに、その横にある大きな円墳が丸墓山古墳。豊臣秀吉の命で
「えっ、古墳の上に?」
「まぁ、確かに見晴らしは良いよね」
目を丸くする結良の横で、朱里が笑う。
「すごいね。ここには、いろんな歴史が積み重なってるんだね」
結良が新たな想いで古墳を見つめたとき、抱えていたバッグの中からチリンと鈴の音がして、子猫が顔を出した。
「オキ、どうしたの?」
『少し歩いてみたい。降ろしてくれないか?』
「え……具合は、大丈夫なの?」
結良はオロオロと視線をさまよわせたが、正斗が頷くのを見て芝生の上にバッグを置いた。
「ここはオキの一族の墓だもんな。ゆっくり墓参りしていいぞ」
バッグの横に膝をついた正斗が、子猫をそっと地面に下ろす。
「おれがオキについてるから、おまえたちは〈影〉を探しに行っていいぞ」
「え?」
結良は朱里と顔を見合わせた。
「行こうよ結良。さっきから勇太の様子がおかしいから、〈影〉が居るかも知れないよ」
朱里に言われて気がついた。
兄の正斗が古墳の説明をしていた間、勇太の声を一度も聞いていない。今も、少し離れた場所でキョロキョロと辺りを見回している。
「そうだね。じゃあお兄ちゃん、オキのことよろしくね」
「ああ。気をつけて行けよ」
「はーい!」
二人は正斗に手を振って、勇太に駆け寄った。
「勇太くん! もしかして、〈影〉の気配があるの?」
「え?」
コスモス畑の方を見ていた勇太が、驚いたように振り向いた。
「さっきからずっと黙ってるし、様子が変なのバレバレだよ」
「え、そんなに変だった? まぁ、確かに気配は感じるんだけどさ……よくわかんないんだよ。学校全体に漂ってた気配よりも薄いんだ」
勇太は困ったように頭を掻いたが、その表情は固い。
「この公園、広いもんね」
きれいに整備された公園内は、道に沿って植えられた並木や低木の茂み、広場に点在する大きな木を除けば、ほとんどが芝生に覆われた広場だ。〈影〉が好みそうな暗がりは見当たらない。
「ぐるっと一周してみる?」
「いや、おれ一人で行ってみる。おまえらは正斗さんと一緒にいてくれ」
「でも……」
「おれが気配の濃い場所を探してくる。だから、とにかく、結良は一人になるな! 頼んだぞ、朱里!」
そう言って、勇太は駆け出して行った。
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