第28話 〈影〉に近づくな


 学校から帰ると、結良ゆらはおばあちゃんの部屋へ向かった。

 子猫のオキの世話は、おばあちゃんが付きっきりでしてくれているから、おばあちゃんの部屋に行けば二人に会える。

 彼らに学校での出来事を話して、意見を聞かせて欲しかった。


「おばあちゃん、オキ……今日ね、学校で〈影〉に会った」


 部屋に入って後ろ手にふすまを閉めるなり、結良はそう切り出した。

 おばあちゃんは驚いた顔で振り返り、座布団の上に寝そべっていたオキもピクリと耳を動かした。


 扇風機がゆっくりと首を振りながら、部屋の中に風を送っている。

 結良は今日の出来事をどう説明したらいいかわからなくて、部屋の入口に立ったまま、扇風機が一巡するのを黙って見ていた。


「結良ちゃん。影様に会ったって、どういう事なんだい?」


 厳しい声で、おばあちゃんが聞いてきた。

 おばあちゃんは子猫のオキのことを『オキ様』と呼び、〈影〉のことも『影様』と様つきで呼ぶ。


「あのね……勇太くんが〈影〉の気配を感じて、学校の中を調べてたの。それで、一番気配の濃い場所に行ってみたら、急に暗くなって……野原みたいな所にいて、〈影〉が……たぶん、昔のオキの姿で立ってたの」


「三人とも見えたのかい?」

「ううん……その時は、あたし一人しかいなかったの」

「何か、話したのかい?」


 おばあちゃんの顔が険しくなる。


「あたしは〈影〉に、どうしてオキの元に戻らないのかって聞いたんだけど、ちゃんと答えてくれなかった。ただ……この世を見てるって言ってた。〈影〉の目には、この世が歪んで見えてるみたい」


 おばあちゃんとオキに説明しながら、結良はふと、彼の言う「歪み」が朱里あかりの事件に関係しているような気がした。


「あのね、学校で朱里ちゃんが疑われた件が、他のクラスでも噂になってるの。〈影〉はあたしに、朱里ちゃんの疑いを晴らさないのかって言った。先生やクラスの子たちが意地悪になったのは、自分の〈負の気〉のせいだって認めたのに……」


「ずいぶんと妙な話だね」


 おばあちゃんは眉をひそめたまま首をかしげた。

 子猫のオキは、今にも唸り声をあげそうな怖い顔で結良を見つめている。


「オキ……〈影〉を連れて来られなくてごめんね。あの場所では〈影〉にさわれたから、一度は捕まえたんだけど、振りほどかれちゃって」


「捕まえただって? なんてことするんだい! 危ないじゃないか。もしも戻って来られなくなったらどうするの?」


 おばあちゃんは激しい口調で結良を叱ったが、すぐ隣にオキがいることを思い出して口をつぐんだ。

 その後を受け継ぐように、オキが口を開いた。


『たしかに危険だ。結良……そなたはもう、〈影〉には近づくな』


「近づくなって……だって、早く〈影〉を探さないとオキが……」


 子猫は、少しずつ死に近づいている。

 半年前に亡くなった母のことを思い出す度に、子猫が天に昇る日も遠くないのだと考えてしまう。


『わが魂の半身とは言え、わたしには〈影〉の考えが全くわからぬ。そなたを危険な目に合わせることもありえる。もう〈影〉を探さなくてもよい。この猫が天に還れば、わたしが〈影〉を探しにゆく』


「え、それって大丈夫なの? あたし、子猫の魂と一緒じゃないと、オキは天に昇れないんだと思ってた。違うの?」


『……大丈夫だ。すこし疲れた。眠る』


 話は終わりだと言うように、オキは座布団の上に丸くなった。

 結良は立ったまま、子猫の姿をじっと見つめた。

 オキの力になりたいのに、何もできない自分が情けなかった。


 ふいに、肩をトンと叩かれた。振り向くとおばあちゃんが立っていて、部屋の外へ出ようと手招きをしている。

 結良は誘われるまま、おばあちゃんの後について部屋を出て行った。

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