第35話 懺悔と祈り


「……わたしは、わが弟の名誉を地に落としても、大王の策謀に乗るしかなかったのだ! オキっ……すまなかった!」


 イチハの頬を涙がつたった。

 オキを見殺しにした国長に、たくさんたくさん文句を言ってやりたかったのに、あの独白を聞いた後では、もう口を開くことも出来なかった。




 それは、映像を見ていただけの結良も同じだった。

 古代の小国が生き延びるには、想像もつかない大変なことがたくさんあったのだろう。


(でも……)


 オキもオミも、お互いを大切に思っていたのなら、どうしてもっと話し合ってわかり合う事が出来なかったのだろう? それが出来ていたら、少なくともオキは犠牲にならなくて済んだのに────。


 そう思ってしまうのは、昔のことを何も知らないからなのだろうか?

 現代に生きている人間には、計り知れない困難があったのだろうか?

 結良が行き場のない思いを巡らせているうちに、いつの間にか映像が変化していた。



 ────夜だった。

 薄暗い建物の中に、炎が燃えている。

 お寺でも神社でもないけれど、祭壇のような場所に金色の鈴釧が置かれている。

 祭壇の正面には、威厳のある老婆が立っていた。


 そのまわりには平伏しているたくさんの女たちがいて、老婆も女たちもみな目元に朱色の化粧をしている。

 平伏している女たちの後ろの方に、イチハの姿があった。


「……このムサシを守るため、わが神守りの一族のひとりに、この鈴釧を授ける。イチハ!」


「はっ、はい!」


 みんなと同じように、目元に朱色の化粧をしたイチハが顔を上げる。


「そなたが一番、オキさまと親しかったはずだ。そなたの命ある限り、オキさまの魂を祀り、寿ぎ、呪詛を消し去るのだ。それが出来なければ、この鈴の中にオキさまの荒神を封じるのだ。よいな!」


「大巫女さま……」


 泣きそうな顔で、イチハがかぶりを振る。


「イチハ、否とは言わせぬ! そなたの死後は、そなたの子、孫へと、必ず守り伝えよ!」


 巫女たちが両脇に避けると、イチハと大巫女の間に道ができた。

 その道を歩いて大巫女は静かにイチハに近づき、嫌がるイチハの手に鈴釧をのせた。

 その瞬間、結良の手首につけた鈴釧から、パーッと黄金色の光が放たれた。


(────お願い、あの人の魂を……消さないで!)


 光とともに、強烈な思いがあふれた。

 イチハの悲しいほどの願いが、結良の頭の中にしみ込んでいった。

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