第6話 勇太のニセモノ


 外はもう暗かった。

 雨は相変わらずしとしとと降っているが、幽霊になった勇太ゆうたには、雨に濡れる心配も無ければ、夏とは思えぬ異常な肌寒さも関係ない。

 それよりも、兄と話す結良ゆらを見ているのが、なぜが辛かった。


 ここにいるのに、存在していない自分。

 家族もバラバラになってしまった勇太にとって、兄と楽しげに話す結良がうらやましくて、寂しくなった。

 だから、何も言わずに結良の家を出た。


 何も考えずに町を彷徨っていたはずが、いつの間にか勇太は、自分の家の前に立っていた。

 広い庭のある二階建ての白い家。

 まわりの家は明るいのに、勇太の家だけが真っ暗だ。


 ここに引っ越してきたのは、たしか保育園の頃だ。家族三人で庭に芝生をしき、レンガを並べて花壇を作った。

 その庭は、今や雑草が伸び放題のまま放置されている。


(いつから……仲良し家族じゃなくなったんだろう?)


 平日は父も母も仕事が忙しく、休みの日でも家族そろってどこかへ行くことはなかった。

 勇太は友達と遊ぶほうが楽しくて、ほとんど家にいなかった。家にいるときも部屋に閉じこもってゲームばかり。

 たぶん、些細なことでケンカをする両親から、無意識に離れようとしていたのだろう。


 元々二人はよくケンカをしていたが、今回のは特にひどかった。

 大ゲンカの翌日、二人とも仕事へ出かけ、家に帰って来なかった。


『勇太、元気にしてる? ご飯ちゃんと食べてる? お父さんと仲良くね』

『勇太、お父さんはしばらく帰れないが、お母さんに迷惑かけるんじゃないぞ。何かあったら連絡するんだぞ』


 時々、電話はかかってくるが、勇太はすぐに電話を切ってしまった。


(バッカじゃねぇの! 二人とも、おれが一人で家にいるって……気づかねぇの)


 もう一週間くらいたつ。

 家にあったお金で食べるものは買えた。そのお金もそろそろ少なくなっていたが、幽霊になった勇太には、もう食べ物すら必要ない。


(バッカじゃねぇの!)


 心の中でもう一度つぶやいた時、いきなり玄関のドアが開いた。

 誰もいないと思っていた真っ暗な家から出てきたのは、驚いたことにだった。


(えっ……おれ?)


 自分の体が勝手に歩いてゆく。

 勇太は一瞬固まったものの、勝手に動き出したの体を追って歩き出した。


(いったいどういう事なんだ?)


 玄関から出て来た自分を見たときは、あまりにも無表情な自分の顔が恐ろしかった。


(人の体をあやつるなんて、どう考えても人間の仕業じゃない。悪霊か、妖怪のたぐいに決まってる!)


 そんな相手に真正面からぶつかったとして、自分に勝ち目があるとは思えなかった。

 だから、こっそりと後をつけた。

 何者かに操られた勇太の体は、コンビニ前の横断歩道を渡り、勇太がいつも遊んでいる坂下公園に入って行った。


 イチョウの木に囲まれた公園は、タイヤが埋め込まれた山と、砂場の辺りだけが外灯に照らされている。

 いつもなら、ゲーム仲間の朱里あかり広紀ひろき、中学生の良介りょうすけが遊んでいる時間だが、今夜は雨だ。きっと誰もいない────。


(あ、良介さん?)


 幽霊の勇太は思わず立ち止まったが、勇太のニセモノは良介に向かって歩いて行く。


「あれ、勇太じゃん! 昨日は悪かったな。大丈夫だったか?」


 良介が勇太のニセモノに声をかけている。

 しかし、それに答える声は聞こえてこなかった。


「な、なんだよ……何か言えよ。おまえを突き飛ばしたのは悪かったけどさ、ケガしたわけじゃないんだろ? それとも、おまえを置いて先に帰ったのを怒ってるのか? あれは仕方なかったんだ。あのほこらから気味悪い煙が出て来たからさ、おれたち逃げるので精一杯だったんだ」


 良介の言い訳を聞いて、勇太は昨夜の顛末てんまつがわかった。


(おれを見捨てて、みんな帰ったのかよ)


 勇太モヤモヤしたが、ニセモノは良介の言葉に何も答えない。


「おまえ……なんか、変だぞ」


 良介が怯えたように勇太のニセモノの前から一歩後ずさった瞬間、外灯の光がフッと弱まった。

 光はフワフワと強くなったり弱くなったりを繰り返したあと、フッと消えてしまった。


「ひっ……」


 突然真っ暗になった公園。

 いつもは腹が立つほど偉そうな良介が、肩をすぼめて怯えている。

 昨日置き去りにされた勇太は、「ザマーミロ」と言ってやりたい心境だったのだが────。


(あいつ、おれの体を使って何をするつもりなんだ?)


 良介を心配する気にはなれなかったが、自分のニセモノに事件を起こされるのは嫌だった。

 ニセモノの顔を見た良介が、ビクッと肩を震わせた。


(なんか……ヤバイ?)


 何かが起こる前に止めなくては。

 勇太が木の影から飛び出した瞬間、ニセモノの手ふわりと上がり、良介に手のひらを向けるのが見えた。

  

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