第5話 事件のにおい


(もしかして! ケヤキ塚のほこらが倒れたのって、勇太ゆうたくんが幽霊になったのと関係あるんじゃない?)


 さっきは思わず大声を出してしまったが、幸い、おばあちゃんの部屋は静かなままだ。


「……それで、どうしたの?」

 結良ゆらは、ヒソヒソ声で先をうながした。


『ケヤキ塚で……友達がさ、あの祠を蹴ろうとしたんだ。だから、おれ止めようとしたんだ。そしたら、そいつに突き飛ばされて……たぶん、頭を打ったんだと思う』


 勇太は言わなかったけれど、頭を打ったことが原因で死んでしまったと思っているのだ。

 しかし、結良は今朝、ケヤキ塚を見に行っている。もしあの場所で何かあったなら、警察が調べに来ているはずだ。


「ねぇ、もしそうなら、勇太くんの体はどうしたのかな? あたし今朝、ケヤキ塚に行ったけど、事件とか事故があったようには見えなかったよ。もしかしてさ、夜のうちに誰かが病院に運んでくれたんじゃない?」


『おまえ、ケヤキ塚に行ったの?』


「うん。うちのおばあちゃん、毎日ケヤキ塚に行ってるの。今日は体の具合が悪くて、あたしが代わりに行ったの。地主のおじさんにも会ったけど、事故の話なんかしてなかったよ」


『そうか。わかんないけど、朱里あかりたちが助けてくれたのかも』


「アカリって、同じクラスの山内朱里ちゃん?」


『うん』


「それじゃ、朱里ちゃんに聞くのが一番早いんじゃない? 電話してみようか?」


 立ち上がって壁際に吊るした連絡網を見ている結良を、勇太は戸惑ったように見つめた。


『おまえ、朱里に電話して、なんて聞くんだよ? おれが幽霊になったって言うのか? そんなこと言っても誰も信じないよ。からかわれたと思って怒るかもしれないぞ!』


「でも……」


 せっかく原因をつきとめられそうなのに、と結良は思ったが、朱里に上手く説明できるのかと聞かれれば自信はない。

 まだ転校してきたばかりで、朱里とほとんど話したことが無いのだ。


 ショートカットで背の高い朱里は、少し近づきがたい雰囲気のある女の子だ。そんな相手に、いきなり勇太が幽霊になったなんて話をしたら、確かに信じるどころか嫌われてしまうに違いない。

 結良は大きなため息をついた。


「確かにそうだよね。とても電話で話せる内容じゃないよね。でもさ、明日にでも朱里ちゃんに会いに行ってみようよ。それが一番早いんじゃない?」


『まあ……そうだけど』

 勇太はいまいち乗り気ではない。


「昨日の夜のことが聞ければさ、勇太くんの体がどこにあるか、わかるかも知れないよ。どこかの病院に運ばれててさ、意識はないけど生きてるんだとしたら、急いで体に戻らなきゃ大変だよ!」


『えっ、なんで?』


「魂が抜け出しちゃうと、体が弱っちゃうんだって。おばあちゃんが前にそんな話してたから、間違いないと思うよ」


『そうなんだ……』


「そうだよ、グズグズしてらんないよ!」


 結良が手にしたジャガイモを突き出したとき、兄の正斗まさとが台所に入ってきた。


「おまえ、ひとりで何ぶつぶつ言ってんだ?」

「お兄ちゃん!」


 結良はあわてて勇太のことを説明しようとしたが、正斗は勇太がいる方をまったく見ていない。


(そっか……お兄ちゃんにも見えないんだ)


 結良の目には、幽霊の勇太も、兄と同じ人間のように見えている。だから、正斗に勇太の姿が見えないのがとても不思議だった。


「えっと……ジャガイモの皮むきが、なんか上手くいかなくて……あはは」

 結良は笑ってごまかした。


「手伝ってやるよ」

 正斗は運よく勇太の座っていないイスに座ると、ニンジンの皮をむきはじめた。


「おれ、考えたんだけどさ。ばあちゃんには、カレーより肉じゃがの方がいいと思うんだ。カレーと肉じゃがって、材料もほぼ同じだろ? 半分カレーで半分肉じゃがにしようぜ」


「いいけど。お兄ちゃん、味付けできるの?」

「ネットで調べてきた。醤油とみりんと砂糖でいいらしい。簡単だよ」

「へえ、じゃあお兄ちゃん、肉じゃが係ね」


 結良が正斗とそんな話をしているうちに、いつの間にか勇太の姿が見えなくなっていた。


(あれ? 勇太くん、どこに行っちゃったんだろう?)


 学校では見たことのない、勇太の不安そうな顔を思い出し、結良はとても心配になった。

  

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