第4話 幽霊になった少年


 夕方になっても、雨はやまなかった。


 結良ゆらは夕飯づくりのため、雨の中買い物へ出かけた。

 その帰り道。結良は、通りの向こうから歩いて来る少年に目を止めた。

 知っている顔だ。

 転校してきたばかりの結良でも覚えているほど、クラスの中でも賑やかな男子────藤原勇太ゆうたが傘もささずに歩いている。


「藤原くん。傘貸してあげようか?」

 結良は少年に歩み寄ると、傘を差しだした。


『おまえ……転校生の?』


「うん。あたし、森野結良」

 忘れられていたことに少々がっかりしながら、結良は名前を名乗った。


『……結良、か。おまえ、おれが……見えるんだな』


「見えるって、当たり前じゃない。なに言ってんの?」


 結良は笑って勇太の肩を叩こうとしたが、その手はむなしく空を切る。


「えっ?」

 結良は、自分の手と勇太を交互に見比べた。


『おれさ、幽霊になっちゃったみたいなんだ』

 混乱する結良に、勇太はポツリとつぶやく。


「へっ、幽霊?」


 結良はまじまじと勇太を見つめた。

 そういえば、傘をさしていないのに、彼の髪の毛はちっとも濡れているようには見えない。


 結良はもう一度、今度はゆっくりと勇太の方に手を伸ばした。

 髪にさわるつもりで伸ばした手は、やはり勇太に触れることなく通りすぎた。


「ほっ……ホントだ!」


『だろ? おれさ、気がついたら学校にいたんだ』


 勇太はそう言って、少しうつむいた。


『でもさ、誰もおれに気づかないし、声をかけても、聞こえないみたいだった。何でおまえには、おれが見えるのか分からないけど……頼むよ、助けてくれよ!』


「えっ、ええっ?」


『うちの親、仲悪くてさ……ケンカしたまま二人とも帰って来ないんだ。おれ、どうしたらいいんだろう?』


 勇太は途方に暮れたような顔をしていた。

 学校で見る勇太は、いつもたくさんの男子たちとふざけていて楽しそうだった。

 その彼が、こんな顔をするなんて。


「どうしたら良いかわからないけど……と、とにかく落ち着こうよ。あたしの家そこだから、うちで話そう!」


 結良はどうしていいかわからずに、勇太を家に連れて行った。

 混乱しながら台所へ直行すると、結良は買ってきたニンジンやジャガイモをテーブルに広げた。


「その辺に座ってよ」


 勇太にイスをすすめ、自分も座ってジャガイモの皮をむきはじめる。

 夕飯の支度をする時間だったこともあるけれど、何かしていないと気持ちが落ち着かなかったからだ。


 シュッシュッとピーラーでジャガイモの皮をむきながら、結良は勇太に目を向けた。


「それで、何があったの?」


『何がって?』


「だからさ、藤原くんが幽霊になった原因よ。事件とか事故とか……病気とかさ。何があったの?」


『あのさ……藤原くんじゃなくて、勇太でいいよ。みんなそう呼ぶんだ』


「うん、わかった。それじゃ、勇太くんが幽霊になったのはどうして?」

 結良は辛抱づよく聞き直した。


『それがさ……よく覚えてないんだ』


「覚えてないの? さっき、気がついたら学校にいたって言ってたけど、その前は?」


『覚えてるのは……昨日の、夜のことかな?』

 勇太は言いづらそうに言葉をにごす。


「昨日の夜、何があったの?」

 結良は、ジャガイモの皮をむくのをやめた。


『昨日の夜に……友達と……ケヤキ塚に行ったんだ』


「けっ…ケヤキ塚ぁ?」


 結良は大声を出してしまってから、あわてて自分の口を両手でふさいだ。

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