第26話 パソコン室と異空間


 翌日、朱里あかり春香はるか髪留めバレッタを盗んだらしいというウワサは、クラスを超えて知れ渡っていた。

 廊下を歩くだけで、コソコソとささやく声がついてくる。


「本当のことを確かめもせずに、ウワサを広めるなんて!」


 結良ゆらは憤ったが、朱里は冷静だった。

 どんな声が聞こえても、朱里は堂々としっかり顔を上げていた。



 結良たちはオキの〈影〉を探すため、休み時間のたびに学校の中を歩いてみたが、勇太ゆうたの言う〈影〉の気配はわからなかった。


「今も気配を感じるの?」

「ああ。やっぱりパソコン室が一番だな」


 腕組みをしてもっともらしくうなずく勇太に、結良と朱里は困ったように顔を見合わせた。

 放課後に再びパソコン室に来てはみたものの、具体的に何をすれば良いのかわからない。


「ねぇ、どうする? こら、オキ出て来い! とか叫んでもダメだよね?」


「あはは……それはやっぱり勇太くんじゃない?〈影〉と一番仲良くなったのは勇太くんだし、ちょっと言ってみてよ」


「なに言ってんだよ、ここは全員だろ。せーの!」


『オキ出て来い!』


 勇太の掛け声で三人は叫んでみたが、パソコン室の中はやはりシーンとしていて、何かが出てくる気配はない。


「……どうする?」

「何かほかの手を考えねぇとな」


 朱里と勇太は、真剣な表情で考え込んでいる。

 その間、結良は誰かに見られているような視線を感じていた。


(なんだろう?)


 振り返っても誰もいない。

 四階の教室にはベランダがないので、窓の外に誰かが隠れる場所もない。

 窓から唯一見える桜の木は、昔の卒業生が植えたものらしい。この学校で一番古いのに、春には見事な花を咲かせるのだという。


「結良、帰るよ。囲炉裏小屋で作戦会議しよ」

「あ、うん」


 結良は、床に置いておいたランドセルを手に取った。

 朱里と勇太の後を追ってパソコン室を出ようとしたとき、ふいに、部屋の中が真っ暗になった。


「えっ?」


 外はまだ明るいはずなのに、部屋全体が闇に包まれてしまったように暗い。

 結良は手にしていたランドセルを放り出し、ドアがあったはずの場所に手を伸ばしてみたが、手に触れるものは何もかった。


(なに……これ?)


 恐ろしくなって、結良はその場にしゃがみ込んだ。

 再び視線を感じて、後ろに振り返る。


「……オキ? いるの?」


 結良は闇の中に呼びかけた。

 すると、徐々に闇が引いてゆき、黄昏色の風景が見えてきた。


 草ぼうぼうの荒野に、見知らぬ青年が立っている。

 長い髪を首の後ろで束ねた彼は、白っぽい衣をまとっていた。和服とも洋服とも違う、長い上着とズボン。


 長い上着の腰には金色の金具がついた革ベルトを締め、長剣を帯びている。胸の部分は黒い甲冑のようなもので覆われていて、見るからに物々しい雰囲気だ。

 これが、彼が生きていた時代の姿なのだろうか。


「オキ……なの?」


 彼に会ったら、聞きたいことや言いたいことがたくさんあった。けれど、ひとりぼっちで異空間に飛ばされた結良は、好奇心よりも恐怖心のほうが強かった。

 しゃがみ込んだまま震えている結良を見て、彼は嘲笑を浮かべた。


『言っておくが、わたしは、おまえたちの師を操ってなどいない。わたしの纏う〈負の気〉に、あの男が引きずられているのは認める。だが、あれは、あの男がひた隠しにしている本心だ。わたしのせいではない』


 冷ややかな声で、彼はそう言った。


「あっ……あれが先生の本心だったとしても、悪いことだって自覚してるから隠してるんでしょ? 誰だって、悪意を持ってしまうことはあるよ。けど、それじゃダメだって思う心があるから、悪いことをしないで済むんだよ。先生だって、あなたの〈負の気〉がなかったら、きっと朱里ちゃんを傷つけたりしなかったよ!」


 言い返したせいで、少しだけ恐怖感が和らいだ。

 結良はこの勢いのまま、彼に質問をぶつけてみることにした。

  

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