第13話 森野家の秘密
台所で温かいお茶を湯呑とカップに注ぎ分け、結良はおばあちゃんの部屋へ行った。
緑茶の香りに、ふわりとお線香のようなおばあちゃんの部屋のにおいがまざり合って、不思議と心が落ち着いてくる。
おばあちゃんは、さっきまで寝ていた布団の上に正座をしていた。
「はい、お茶。涼しいからあったかいお茶にしたよ」
「ありがとう」
布団の横に置いたお盆の上から湯呑を取り上げると、おばあちゃんはさっそくお茶をひと口飲んだ。
「あたしって、小さい頃にも幽霊を見たことあったの? 全然覚えてないんだけど」
「そうだねぇ。幼稚園くらいの頃かねぇ、公園で知らない子と遊ぶって言うから見に行ったのよ。そうしたら幽霊だったってことは何回かあったね」
「そうなんだ……。実は勇太くんも、最初は人間だと思って話しかけちゃったの。だって、同じクラスの子が歩いてたら、まさか幽霊だなんて思わないでしょ? 勇太くんに言われなかったら、分からなかったかも」
結良もお茶をひと口飲んだ。
心の中では、おばあちゃんにすべてを話して良いものか、まだ迷っている。
「そう。その勇太くんは、どうして幽霊になってしまったんだい?」
「……うーん、友達とケンカして倒れたときに頭を打ったみたい。たぶんそれでだと思う」
結良は言葉を濁し、おばあちゃんの顔を見つめた。
こうして改めて見ると、おばあちゃんはとてもきれいな澄んだ目をしている。毎日毎日、ケヤキ塚にお参りして、
「おばあちゃんは、どうして毎日ケヤキ塚にお参りに行くの?」
「ああ、おばあちゃんがケヤキ塚にいくのはね、あたしのお母さんの言いつけだからなのよ」
おばあちゃんはそう言うと、結良の顔から視線をはずし、どこか遠くを見つめた。
「この森野家はね、先祖代々、あのケヤキ塚を守って来たんだよ。母から娘、娘から孫へと代々伝えられてきたんだけどね、残念ながら、おばあちゃんのお母さんが幼い頃に戦争があってね、あたしのお母さんは、何も教えてもらえないまま親と死に別れてしまったらしいんだ。ただ、毎日あのケヤキ塚にお参りをして、守っていく事だけしか教わらなかったんだって……」
「そうなんだ……」
結良は、戦争があった頃のことを想像してみた。
少ない食べ物を家族で分け合い、空襲から逃げまどう。生きていくのがとても大変な時代だったのだと学校でも習った。
そんな時代だから、森野家の秘密が失われてしまった事は仕方がない。
仕方がないけれど、とても残念に思う。
「それじゃあ、おばあちゃんは、何も知らないままケヤキ塚を守り続けてきたの?」
「そうだよ。母からそれしか教えられなかったからね。でも、母があまりにも真剣だったから、次はあたしが守らなきゃって思ったんだよ」
「そうなんだ。でもさ……」
結良は、正座した膝の上で、両手をギュッと握りしめた。
「でも、おばあちゃんはさぁ……昨日あたしに、ケヤキ塚を見て来てって言った時、ケヤキ塚の祠が倒れてるのがわかってたんでしょ? だって、祠が倒れてたって言ったら、おばあちゃん、やっぱりそうかいって言ったじゃない。それに、すごく怖がってるみたいだった。おばあちゃんは何を怖がっていたの? ケヤキ塚のことで、何か知っていることがあるんじゃないの?」
結良の追及に、おばあちゃんは驚いたように目を瞠る。
「……驚いた。いつの間にか、ずいぶん大人になってたんだねぇ」
そう言って、おばあちゃんは微笑みを浮かべる。
「祠が倒れたのかどうかは分からなかったけどね、前の晩から、嫌な胸騒ぎがして眠れなかったんだよ。それでケヤキ塚に何かあったんじゃないかと思ったの。それとね……」
おばあちゃんは少し困ったように、言葉を止めた。
「それと何?」
結良は知りたくてうずうずして、おばあちゃんを急かした。
「実はね、蔵の奥を整理した時に、ご先祖様が書き残した巻物を見つけたんだよ。江戸時代の終りごろなのか、明治の初めなのかは分からないけどね」
「巻物?」
結良は首を傾げた。時代劇でしか見たことはないが、長い紙を筒状に巻いた昔の人の手紙のことだろう。
「あたしが読めたのは、ほんの少しだったけどね、ケヤキ塚が古墳という大昔のお墓で、恨みを残して亡くなった人の御霊を祀っているらしいと書かれていたんだよ。
「それじゃ、祠を倒したりしたら、どうなっちゃうの?」
「そこから先は字がよく読めなくてね、それでちょっと怖くなってたんだよ」
おばあちゃんはそう言って、少しだけ笑った。
「でも、何も起きてないし……まあ、天気がね、あれからずっと雨なのが気になるけど、あたしの取り越し苦労だったのかも知れないね」
おばあちゃんがホッとしたようにそう言ったので、結良は急に不安になってきた。
「おばあちゃん……あのね」
「なんだい?」
「実は、まだ話してないことがあるの。ちょっと待っててね!」
結良はおばあちゃんの部屋を出て、二階へ駆け上がった。
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