第15話 勇太とオキの〈影〉


『あ、あの……おれの声、聞こえる?』


 川のほとりに佇む自分の背中に、勇太ゆうたは恐る恐る声をかけた。

 オキの〈影〉に憑りつかれた自分の後ろ姿は、どこか淋しげな空気をまとっていたのに、彼が振り返った途端、そんな空気はかき消えてしまった。


(うわっ……おれって、こんな怖い顔してた?)


 深く刻まれた眉間のしわ。

 眇めるように睨んだ目は、憎しみに満ちている。

 オキの〈影〉は、ひと言で言うなら黒い炎のようだった。


「おまえ、この体の主か? 昨夜はよくも、わたしの邪魔をしてくれたな」


 自分の顔にギロリと睨まれて、勇太は思わず後ずさる。


『おっ……おまえこそ! おれの体を勝手に使うな! 早く返せよ!』


 売り言葉に買い言葉────というよりも、恐ろしさを吹き飛ばすために、勇太は怒鳴り返した。


「嫌だね。今はわたしの体だ」

『なんだって!』


 突っかかって行きそうになって、勇太はハッとした。


(あ……ケンカしちゃダメなんだった!)


 心を落ち着かせて、勇太はオキの〈影〉を見つめた。

 彼は一歩も引かぬとばかりに腕を組み、冷たい目で幽霊の勇太を睨んでいる。


『あんたが……辛い目にあったのは、片割れから聞いて知ってるよ。自分の国を守ろうとしたのに、お兄さんに疑われて、殺されちゃったんだってね』


「…………」


『人生、上手くいかないよね。あんたがいつの時代の人か知らないけど、家族に裏切られるのって、一番キツイよね。

 おれの家もさ……家族三人バラバラで、みんな自分の都合しか考えてないんだ。ケンカばっかして、両親そろって家に帰って来なくなったんだ。信じられないだろ? あいつら、小学生の息子が一人で家にいることに気づかないんだぜ』


「…………」


朱里あかりんちはさ、母子家庭なんだ。お母さんが昼も夜も働いてるけど、生活が苦しくて、みんなみたいにいろいろ買ってもらえなくて……それが原因かはわからないけどさ、クラスの女子たちと上手くいってないみたいなんだ。でも朱里は、お母さんが大変なことも、がんばって働いてることも知ってるから、文句も言わないでガマンしてる。でも、たぶん、寂しいんだ』


「…………」


『良介さんは……あの、ケヤキ塚のほこらを倒しちゃった人だけどさ、あの人は中学二年生でさ……この辺の地主かなんかでお金持ちみたいだし、両親もいるし、爺さん婆さんも一緒に住んでるみたいだけど……学校で、上手くいってないらしいんだ。おれさ、偶然聞いちゃって、まだ誰にも話してないんだけど、一年の時から部活の先輩にいじめられてたらしいんだ。そのうち、クラスの中でもいじめが始まって、部活やめてもいじめは無くならなくて……おれたちの前じゃ強がってさ、いつも偉そうにしてるけど、たぶん、年下としか遊べないんだ。

 そりゃあ、祠を倒したのは悪かったと思ってるよ。良介さんも、あの日はちょっとイライラしてて、その場の勢いってやつで……』


 勇太はハッと口をつぐんだ。目の前に立つオキの〈影〉は、感情が消えうせたような暗い瞳で勇太を見ている。


『ごめん……そんなの言い訳だよな。本当に悪かったよ。良介さんをあんたの前に連れてきて、絶対に謝らせるから、許してくれないか? 頼むよ!』


 勇太は頭を下げた。

 オキの〈影〉はゆっくりと体の向きを変えると、勇太が来る前にそうしていたように、川面を見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る