第2話 空白の時間
机の中に入っていた手紙は、いったい誰からのものだろうか。
カバンの中で確認すると宛名も切手も消印もなかった。
ということは郵便物ではなさそうだ。
家でカバンに教科書などを入れたときになかったはず。少なくとも気づくことはなかった。
となれば今日の学園生活の間に入れられたものだろうか。
カバンの中で裏を確認しても差出人の名すらなかった。
封筒は灰色で中身が透けるほどには薄くなかった。
ラブレターだとすればここで開けるよりも、今日のゲーム実況で開封式のネタにしたほうが盛り上がりそうだ。
「なあ田原、今日授業で教室を出たのって一限の体育と三限の化学だけだよな」
「ああ、そうだ。それがどうした」
「いや、この教室に誰かが入ってきても気づかれない時間というとそれくらいだよな」
「なにかあったのか。盗まれたものがある、とか」
田原が食いついてきた。こうなると話が長くなるんだよな。
「いや、盗まれたとしたら、さすがに生活指導の豊橋先生に申請するのが筋だが」
「じゃあ嫌がらせでもされたのか」
「うーん、確かに嫌がらせといえばそうかもしれないな」
確かに差出人不明の手紙というものは誰かの嫌がらせともいえるが。
「それも生活指導の
「あの女性の先生かあ。いつもこちらの様子を窺っているようなんだよな。俺は悪いことをしたことはないのに」
「
その言葉につい吹き出してしまった。
「呪いって田原。コンピュータ全盛の時代にそんな呪いなんていう超アナログなものが生き残っているとでも思っているのか」
「豊橋ならやりかねないだろう。自己主張が強いわけでもない。というより主体性がないのが特徴なくらいだ。正面切って言えないことを呪いで手に入れているなんてこともあるかもしれないぞ」
そう考えると、この手紙も実はなにかのおまじないで、受け取った人が差出人のところへ出頭する仕組みなのかもしれない。
いや、ゲーム実況をしているのに呪いだまじないだとカビの生えた思考をすること自体がナンセンスだ。
「で、どんな嫌がらせを受けたんだ。タブレットPCが壊されたとか、教科書やノートを破られたとか、弁当箱がなくなっているとか」
言われたものを順番にカバンから取り出した。
「タブレットPCはきちんと電源も入るし、間違いなく俺のものだ。教科書もノートも無傷だよ。弁当は昼食の時間に食べているからなくなってもさして問題はないな。でもこのとおり」
ランチボックスに入った弁当箱を田原に見せた。
「じゃあどんな嫌がらせなんだよ」
「それは今夜の配信をお楽しみにってところだな」
「お前、本気で大学へ行かないつもりか。もうじき夏休みなんだから追い込みどきだろうに」
「受験勉強がお金になるのなら、真剣にやろうと思えるんだけどな」
「いい大学に入れれば、いい企業にも就職できる。それは将来の収入を保証することにはならんのか」
その言葉は担任の焼津そっくりである。
「焼津の口ぐせが移ったようだな、田原。俺が今以上に稼げるゲーム実況ができれば、仕事なんてせずに済む。それに」
「それに」
「日本よりも学歴社会の中国だって
「中国ってそんなに酷いのか。俺もエスカレーター式で葛望大学へ行くのは考えものかな」
「いや、葛望はいいんじゃないかな。私立だけれどとある財閥の後ろ盾があるから、就職でも有利になるはずだ。付属大学のような立ち位置と思っていいんじゃないか」
「だといいんだけどな。っていうか、そこまでわかっているならお前も葛望に来いよ。お前のいない大学生活は味けないだろうさ」
この手の会話は三年生になったときから続けている。
葛望に一緒に行こう。ゲーム実況で儲けたい。大学に行ってもゲーム実況はできる。本腰を入れればもっと稼げる。いつまでも稼げるとは思えないから大学へ行って起業してもいいじゃないか。eスポーツで稼げば生活も安定するのでは。別に億を稼ぐつもりはないからeスポーツよりもやはり楽しいゲーム実況がいい。
そういってゲーム実況に収まるのである。
今稼げているのだから、ネット動画社会である現在においてゲーム実況の需要は高い。
実際チャンネル登録数は回を重ねるごとに増えている。ここまで順調だとかえって怖いところもあるが、風が吹いているときに身を委ねなければ、いつまで経っても飛び立てはしない。今がその風が吹いている好機なのだ。
稼げるうちに大きく稼ぐ。起業家精神にも通じる嗅覚を身につけるにもよい経験となるだろう。
「それより
弟の靖樹がゲーム実況に参加してから二年。あいつのおかげでゲーム実況が人気を集めるようになった。その存在は大きい。だがそれをあてにしてはならないだろう。
大人になってもまだ弟を必要としているのであれば、俺のほうが独り立ちできない惨めな人間になりかねない。
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