第4話 田中絵梨香
封筒の中身はまだわからないが、電話でもメールでもショートメッセージでもないのであれば、なにか差出人を特定されたくない理由があるのだろうか。
「まあお前に用があるのなら、直接言うかゲーム実況のときにコメントでも残せばいいのにな。どちらでも逃げられないだろう」
「逃げるつもりはないな。そもそも逃げてしまったら用件がわからないから、どうにも気になってしまうからな」
今のように、である。
「だよなあ。お前なら絶対ネタにしそうだからな。
軽く肩を叩かれたが、期待をしているということは手紙の差出人か中身を知っているのだろうか。やはり田原の思惑は読めないな。
まあ簡単に読めてしまうやつとは付き合わないことにしているから、このくらいの腹の探り合いはよい刺激になっている。
「そういえば
「ああ、靖樹が大ファンらしくて、音楽配信サイトで楽曲をダウンロードしていたはずだけど。その田中絵梨香がどうかしたのか」
「聞いた話なんだけど、彼女がなにやら封筒のようなものを持って高等部校舎でうろうろしているところを見たって生徒が少なからずいるようなんだ」
「中等生は高等部校舎に入れないはずじゃないのか」
「そのはずだけど、なにせアイドルだからな。特権があるのかもしれないぞ」
アイドルだからと特権が与えられるような校風じゃない。というよりアイドルだからこそ素行をかなり厳しくチェックされるはずだ。中等部の生活指導で名を馳せた伊東あたりが口うるさく言い募るだろう。
「でも、なんで中等部所属のアイドルが高等部校舎にいるんだ」
「知るかよ。まあうちの学園はエスカレーター式だから、そのまま高等部へ進学ってことになるんじゃないかな。だから高等部へ進学届でも出しに来たんじゃないのか」
「なるほどね。それなら確かに高等部校舎にいても不思議はないわけか」
まあアイドルをやっているんだから、多少学業を疎かにしても宣伝効果は抜群なのだろう。
彼女のようにアイドルが進学先に選んでくれれば、さらなるアイドルを呼び込めるはずだ。そのようにして学園の注目度を高めていけば、この先の経営も安泰といってよい。
「それは表向きの理由だ」
「表向きだって。裏になにがあると言うんだよ」
「進学届を出しに来たのなら事務受付にでも出せばいいんだよ。しかし高等部校舎をうろうろしていたということは、他に目的があったのではないか、と俺は見ている」
田原の言うとおり、受付に出せば済むものをなぜ校舎内をうろうろしなければならないのか。どうやら裏がありそうだ。
「で、考えられるのはラブレターだ」
「ラ、ラブレターだって」
思わず大声を発してむせてしまった。
「高等部に好きな人がいて、その人の机に件の封筒を入れる。そのために校舎をうろうろとさまよっていたのではないか。そう考えるのが自然なんだよな」
なるほど。ということは、カバンの中にあるこの封筒が、アイドル・田中絵梨香からのものである可能性もあるわけか。
俺の配信チャンネルを登録でもしているのだろうか。
だが、配信ページにも葛望高の名は出していないんだけどな。どうやって俺がこの高校にいると突き止めたのだろうか。
「もしかしたら、ゲーム実況をやっているお前にラブレターでも出しに来たんじゃないかな」
「いや、俺たちはここの生徒だって配信でも言ったことはないはずだ。彼女が知りようもないはずだが」
呆れた顔をしている田原は、やれやれといった様子だ。
「お前なあ。少なくとも高等部でお前たちがゲーム実況をやっていることを知らないやつはいない。であればその噂が中等部に伝わっていても不思議はない。名前まで伝わっているかはわからないが、ゲーム実況をしている人の名前を教えてくださいと現役アイドルが聞けば、誰もが答えるだろうよ」
田原の言うとおり、高等部の連中には俺たち兄弟がゲーム実況をやっていることを知らないやつはいない。
チャンネル登録者にも葛望在校生がかなりいるようだ。サインを求められることも二度三度では収まらない。
「でも、アイドルがゲーム実況なんて観ている暇なんてないだろう。平日は登校しているだろうし、放課後はレッスン、土日はアイドル活動に充てていたら休んでいる暇もなさそうだ」
「そこだよなあ。彼女がお前の配信の視聴者なら接点はあるんだが。アイドルとはいえまったく休憩なしってわけでもないだろう。お前の配信は十九時半スタートだから、絵梨香ちゃんは移動中かもしれない。それなら視聴者という線を消すのも早計だと思わないか」
言いぶんにも一理ある。SNSの使用には事務所の制限があっても、まったくやらないとも限らない。なりゆきで俺たちの配信動画をチェックしたのかもしれない。それなら一般人であっても有名人ではあるから、まんざら接点がないわけでもない、か。
だが、誰から俺たちの存在を知ったのかがわからないと、どこまでいっても邪推に過ぎない。
中等部でゲーム実況を観ているやつがアイドルに配信ページを教え、それが面白いから誰なのと聞いてうちの高等部の生徒らしいと知らせる手順がなければ俺たちにはたどり着けないはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます