第3話 詳しくはWebで

 やすは丸っこくて人慣れしているので、ゲーム実況でもマスコット的な役割を担っている。

 俺のチャンネルの人気は半数ほど弟にあるといってよい。

 しかもあいつのぶっちゃけ話は視聴者に大ウケしている。

 出るたびに投げ銭が飛ぶように入るのだ。


 だが今日のゲーム実況では、まず俺に届いたラブレターの開封式を行なおう。これで今日は俺宛に投げ銭が舞うことになるだろう。


 今夜のゲーム実況はなにをやろうか。昨日までプレイしていたファーストパーソンシューティング『トライアル・アンド・エラー』がいいだろう。

 あれは一戦が二十分だから、寝る時間を気にしながらでもじゅうぶんに配信できる。

 まあ俺と靖樹のプレイ画面を縦に並べた画面構成で行なうので、プレイ中はスイッチングをしなくて済むのも手間がかからず良い。


 田原はわずかに口の端を引き上げているようだ。

「そういえば靖樹はどうしているんだ。あいつも今日の配信に出るんだろう」

「たぶん出ると思う。やつも小遣いは欲しいみたいだからな」

「一般家庭のお小遣いよりも稼げるんだから、ゲーム実況様々だな」

 そういう一面は確かにある。だがデメリットもあるにはあるのだ。


「でも確定申告の手間がかかる。二月十五日以降から提出開始というけどな。e−Taxもわかりづらいし、必要書類が揃ったかどうかや郵送する書類を整えるのもひと苦労だ。考え始めるときりがない」


「そうか、確定申告があったな。自営業者でもないかぎり高校生には縁遠い世界だ。上流生徒でも小遣いを確定申告するはずもないからな。親の会社で要職にでも就いているのなら話は別だが」


「そういうことだ。儲かるからって理由で始めると痛い目に遭うぞ。ゲーム実況仲間でも脱税で捕まったやつらがかなりいるからな」

「刑事罰を食らったら経歴に傷がつくな。政治家になりたければ避けるが吉か」

「お前、政治家なんて目指していたのか。それじゃあ経済学部だとしても葛望大なんて不利なだけだろう」

 田原が政治家を目指していたとは今まで知りもしなかった。


「いいんだよ。どうせ比例代表で出るつもりだから。小選挙区は世襲か芸能人・著名人が有利だからな。平民が政治家になりたければ比例代表に出馬するのが最も手っ取り早いし確実だ」

「そういうもんかね」

「そういうもんだ」

 田原は胸を反らして腰に手を当てて、なぜか勝ち誇ったポーズをとっている。ということはあの手紙の差出人が田原である可能性も出てくるのだが。


「田原、お前今日俺の机に触れたか」

 突然の言葉に虚を突かれたのか、いささか間の抜けた表情に変わった。

「いや、今日はお前の机は触っていないな。それがどうした」


「実は漆が染み込んだ手ぬぐいを間違って持ってきたようで、触ったらかぶれるかもしれないんだ」

「おいおい、なんて物騒なものを持ってきたんだ。とりあえず漆が乾くまで待つか、手ぬぐいなどで拭き取るかしたほうがいいぞ」

「まあ量はさほどでもないから、乾くまで触れなければ問題はないだろう」


 明らかにはったりをかましたのだが、この反応から、田原が俺の机に触れていないのは確定と言ってよい。

 俺の言葉に隠されたものを読み取ったようだ。

「机になにかとられたのか入れられていたのか。カエルの死体とか、呪いの藁人形とかを仕掛けられたとか、ゲーム実況に必要な小道具を奪われたとか」


「いや、詳しくは今日の配信を見てくれ。そこで重大発表をする予定だから」

 にまっと笑んだ口元に田原は気づいたようである。

「なにがそんなに嬉しいのやら」

「配信のネタになりそうだからな。これでまたひと儲けできるんだ。笑わずにはおれないな」

「そうなると、いよいよ怪しいな。あ、わかった。テストでいい点をとったんだろう。満点解答をゲーム実況で発表すれば、進学を勧めるやつらはその努力を褒めてくれるからな」


 都合のよい見解で助かった。これで今夜のサプライズは決定だな。

 だが本当にラブレターなのかどうかは中を読むまでわからない。

 もし呪いの言葉でも書かれていたら、配信で大騒ぎになりかねない。配信が始まる前に封を切り、中身を確認してから発表するべきか。


「なあ、ヒントくらい教えてくれないか。親友じゃないか」

「親友というより悪友だろうな。やはり配信のときに発表するに限るからな」

「俺たちの友情は、金よりも薄いのか」

「人付き合いは金では測れないからな。でもサプライズは突然発表するから効果があるとは思わないか」


「その面もあるよな。じゃあ今夜の配信を楽しみにしているよ。なにをとられたのか、入れられたのか。それを推理しながら観るのもたまにはよかろう」


 これで田原が差出人であることは完全に消えたといってよい。

 ただ、入れたのが誰なのかを知っている可能性はある。俺の真後ろの机なのだから、誰かが手紙を入れたら気づくはずだ。

 まあ体育と化学の授業中は教室を離れてはいるのだが。


「なあ田原、誰かが俺の机になにかしていたのを見た覚えはないか」

「いや、誰もなにも入れていないしとっていないな。まあ一日中お前の机を観察していたわけでもないから、監視役としては不適当だ。それに漆があったらかぶれているはずだから、誰かが触れたのなら証拠が残るだろうな」

「それで犯人がわかるといいんだけどな」


 まさかはったりだったとも言えず、さも同意したかのように頷いた。




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