第5話 ゲーム実況と大学進学

 もしかして、この手紙は現在人気ナンバーワンの中学生アイドル・田中絵梨香が俺に書いたものという可能性もあるのか。


 直接の接点はないものの、生配信を見て手紙を書いたのかもしれない。

 単にファンレターならゲーム実況で暴露してもよいだろう。

 でもなんでファンレターなんて手の込んだまねをするのだろうか。

 中等部と高等部の違いはあれど、同じ学園の生徒である以上、接触することはそれほど難しくはない。高等部校舎は中等部校舎より奥にあるため、登校中に手渡すことだってできるはずだ。

 まあそれがラブレターと誤解されたら困るのは確かだが。

 だから手紙を選んだのか。いや、それならゲーム実況中にコメントを入力すればいい。とはいえ、すべての実況中はコメントを拾うわけではないから、確実には伝わらないだろう。


 電話もメールアドレスも、田原のような一部の友達なら知っているが彼女が知る手立てもない。

 どうしても確実に伝えようと思えば、手紙にして机の中に入れておくのがいちばん確実というわけか。

 それなら納得がいくな。


 今日の配信で開封の儀を行なってアイドルからファンレターをもらったと大々的に発表すれば、チャンネル登録者はぐんと増えるだろう。

 いい材料を提供してもらえたな。

 これが彼女なりの応援の仕方なのかもしれない。


 だが、本当にファンレターなのだろうか。

 俺を特定して脅迫するための手紙の可能性もある。俺たち兄弟は動画配信では身分がバレており、葛望高に通っていることは少なくない視聴者が知るところでもある。

 ゲーム実況で得た収入を狙う悪いやつはいつか現れるだろうと想像していた。それがこの手紙かもしれない。

 なにかを引き換えに金を要求してくるやつは枚挙に暇がないだろう。

 幸いこれまでそういうやつは現れなかったが、身分がバレているということは、いつかは脅迫を受けるおそれもある。

 そういう対策をするために芸能事務所に所属する動画配信者は多い。


 しかし俺たちはゲーム実況をしているだけなので、インフルエンサーほどの影響力もなく、稼いだ額だってたかが知れている。

 危険を冒してもインフルエンサーで一攫千金を目指すか、危険がほとんどないけれども奪える金額は少ない俺たちを狙うか。

 どちらが犯罪者に都合が良いのかは、犯罪者の判断基準によるだろう。


 動画配信には危険が多い。銀行口座を登録して配信するだけで稼げる仕組みが出来上がっている。

 あとは配信者が視聴者を増やして安定した収入を確保できれば、広告収入を得られるので動画配信サイトはいくらでも儲けられるのだ。

 俺たち配信者はそのおこぼれに与っているにすぎない。

 アカウントをハックされて犯人の口座へ振り込まれることもない話ではないのだ。悪いことをするやつは、最も危険性の低い手段で、最も効率よく掠め取る機会を窺っている。


 俺が大学へ進むかゲーム配信を食い扶持とするかはまだ決めていないが、高校を卒業したら芸能事務所に所属するのも選択肢のひとつだろうか。

 そこで田中絵梨香と接点が生じるかもしれない。俺としては引退した彼女の姉・田中絵美子のファンを自認しているが、やすは田中絵梨香のファンである。

 お近づきになるために、芸能事務所へ所属するなら、彼女のところがいいとたしか言っていたな。


 それにしても、この手紙は本当にファンレターなのか。

 ラブレターだと淡い期待を抱くのは、高校生という思春期特有の幻想なのかもしれない。


 仮にラブレターだとすれば、開封式なんてやったらどんな目に遭うかわかったものではない。

 アイドルなんて総じて恋愛禁止だろうし、世間にバレたら所属事務所から名誉毀損で訴えられかねない。しかも膨大な賠償金も込みで。

 これは慎重に取り扱う必要がありそうだ。家に帰ったらまずは目立たぬように開封して中身を調べ、田中絵梨香のラブレターでないかを確認したほうがよさそうだ。


 仮に田中絵梨香からでなくてもラブレターだとすれば、俺にも初めての春がやってくることになる。もちろん相手の格を考えれば、可能ならアイドルのほうがよいことに変わりはない。

 姉が好きなのは変わりないが、芸能界から引退した以上、彼女の収入は印税だけになるだろう。とはいえ作詞・作曲・歌唱をひとりでこなしていたので印税もただのアイドルに比べて取り分が多いはずだ。

 逆玉の輿を狙うにして、やはり伴侶にするのならば田中絵美子を一番に選びたい。その気持ちを持って、それでも田中絵梨香からのラブレターであった場合、真剣にお付き合いを考えてもよいだろう。

 絵美子さんに近づく口実にもなるし、仮に絵美子さんにフラレても絵梨香ちゃんという滑り止めがあれば、将来は安泰だろう。


 いや、ここまで考えても、ラブレターの差出人は確定しない。

 結局開封して手紙に差出人の名前があるかの確認はしておこう。


「当然今日もゲーム配信をやるんだよな、きよ

「当然だ。仮に大学へ進学するにしても、参考書代はいくらでもあったほうがいいからな」

「お金中心で考えるのはあまりよい判断だとは思えないが」


「稼げるうちは稼がせてもらうさ。それに身バレはしているけど大学へ入ればまた隠せる。これからもどんどん稼げる状態にはなるからな」

「それでもいちおう大学へ行くルートは残っていると見ていいんだな」


「ああ、人生どうなるかわからないからな。いちおう第一志望はゲーム配信で変わらない。ただ第二志望は大学へ通うつもり。どうせ大学は高校よりも自由度が高いからな。ゲーム配信の時間はいくらでも捻出できるだろうし」




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