第6話 トラックに轢かれたゲームデザイナー
カバンの中の手紙の主は、開封するまでわからない。
アイドルの田中絵梨香からかもしれないので、用心しなければならない。
まあ用心したところで、開封の儀を行なったらすぐに暴露してしまうことになる。
その場合、彼女の芸能事務所が黙っていないだろう。
しょせんただの動画配信者だ。営業のために専任の弁護士も雇っている芸能事務所に訴訟で勝てるはずもない。
そうであれば、やはりWebカメラではわからないように開封しておいて、先に中身を確認しておくか。
「なあ、田中絵梨香って彼氏とか好きなやつとかいるのか」
田原にそれとなく聞いてみた。情報収集能力は学園一だから、なにか知っているかもしれない。
「彼氏はいないんじゃないかな。中学生アイドルに彼氏がいました、じゃ事務所が売り込みづらいだろう。いちおう清純派で売っているんだから」
「だよなあ。清純派の中学生アイドルだったら、男の影なんて微塵も匂わせられないだろうし」
「ところが、だ。どうやら好きな人はいるらしい」
「本当か、それ」
思わず食いついてしまった。アイドルなんて、といつも言っているのにこの反応は田原を疑わせるにはじゅうぶんだったろう。
「間違えてもお前じゃない。なんでも姉の田中絵美子さんが交通事故に遭った際、彼女を助けて行方不明になった男のことが気になっているんだそうだ。姉を助けたスーパーマンだから憧れているんだろうな」
「あれ、その男って死んだんじゃないのか」
たしか大型トラックに轢かれてマンホールの蓋ごと消えたと聞いている。
そんな状況で生きている人間なんているはずがない。
「だが死体が出てこない以上、生きている可能性はあるな」
「そもそもそんな人物がいなかった。という可能性はないのか」
「いや、現場で採取した血液のDNAから、あるゲームデザイナーが浮上したらしい。その人物は事件以降、会社に姿を見せていないんだと」
「そんな異世界転生みたいな話が本当にあるのか。ライトノベルじゃあるまいし」
大型トラックに轢かれて女神様のもとへ行き、異世界で新しい生を授けられる。まさに小説投稿サイトではありふれた「異世界転生」と言われても不思議はない。
「まあ異世界転生かどうかは知らんが、現実に事故は起こったし、なくなったものもある。死体は見つかっていないが、もしかしたら事故を起こしたドライバーによってどこかに遺棄された可能性もある」
もし本当の話であれば、中学生アイドルが憧れるのもわからないではない。
身を挺して姉の命を救ったスーパーヒーロー。しかも現在行方不明。
気にならないほうがおかしい。
だが、冷静に考えて「異世界転生」はライトノベルの読みすぎだ。であれば大型トラックのドライバーに死体を処分されたか、どこかで人知れず治療を受けているか。状況をよく考えればそのどちらかに落ち着くはずだ。
「どこかで治療を受けている可能性はないのか」
「警察が各病院に手配を出しているから、よほどの闇医者でもなければ治療者の情報くらい集まるだろう。それがないということは、消えたと考えるほかない」
「だから中学生アイドルが気になっているわけか」
「そういうこと。まあ白馬の王子様を夢見てただ憧れているだけだろうがな」
「であれば、実際には好きな人はいないってことか」
「そういうことだ。なんだ、お前田中絵梨香のことが好きだったのか。初耳だが」
下手な探りを入れてしまったようだな。なにか勘づいたのかもしれない。
「いや、俺は姉の田中絵美子さんのファンだ。結婚するなら彼女くらい落ちつきがある人がいい。中学生なんてごめんだね」
「印税収入も魅力だしな」
「俺はお金のために結婚するとか考えていないから」
とはいえ、収入のために高卒でゲーム実況を本職にしたがっている。
だから結婚も実際にするとなればどういう相手がよいのか。いやどうやって見つければよいのか。悩ましい問題である。
「じゃあお前、どうやって結婚相手を捜すつもりなんだよ。高卒でゲーム実況をしていて出会いの場なんてあるのか」
ゲーム実況だけをしながら交際相手を見つけるなんて考えもつかない。だからこそ大学へ通う利点はあるのだ。サークルでも立ち上げて、集まってきた女性から見繕う手もある。
「家庭を持ちたければ、やはり進学するべきだろうな。手近に女性がいないのに結婚できるほど世の中は狭くない」
「そのとおり。だから葛望大に一緒に行こうぜ。俺は推薦で行けるだろうから、お前は受験を頑張るんだな」
「勉強する時間があれば、そのぶん配信したいところなんだけど」
「なんだ、結局勉強したくないからゲーム実況しているようなものじゃないか」
「時間の効率を考えればそういうことになる」
実際問題、稼ぎたいなら勉強などせず動画配信に徹するべきだ。とくにライブ配信であるゲーム実況は、そのときにしか観られないから価値がある。
「まあ、夏休み前までに進路を決めておくんだな。進学するなら夏休みに死ぬ気で勉強しないと追いつけないぜ」
「それまでに結婚相手でも見つからなければ、だな」
頭を掻いてごまかした。
田原にはカバンの中の手紙を気づかれていないはずだ。こいつにこれ以上探られると馬脚を現しかねないな。
「今日はもう帰る。ゲーム実況で会おうぜ」
田原へ憎まれ口を叩きながら、慎重にカバンとランチボックスを持って教室から廊下へと出た。
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