第二章 ゲーム実況
第7話 手紙の文面
家に帰り着くと、さっそく二階の自室へ向かい、机の引き出しからハサミを取り出した。
封筒を軽く数度天板に落として中身を片寄せ、縁のギリギリを細く慎重に切っていく。一度開封したのがバレないようにするためだ。
改めて封筒の表と裏を確認したが、宛名や差出人の記載はない。
火に炙ったり水に濡らしたりすると文字が浮き出てくるのかもしれないが、それを試すと封筒がボロボロになってしまう。
今日の配信で開封の儀をするまでそれは行なえない。
封筒を覗くと中にはコピー用紙が収められていた。
嫌な予感がしたが、紙を取り出して慎重に折り目を広げる。
プリンターで打ち出された味けないフォントが書かれていた。
手書きを期待したのだが、これでは差出人が男か女かすらわからない。
封筒の中になにか手がかりが残されていないか。念のため確認してみたが空っぽだった。ということはこのコピー用紙に手がかりがあるのだろうか。
指紋を採取するにしても、すでに俺のものが着いている以上、あまり意味はない。
さらに文面を読まないかぎりラブレターかどうかの判断はできない。
また中学生アイドル・田中絵梨香から出されたものかもわからないだろう。
パッと見ではやけに余白の多い手紙に思えたが、そもそも文字だけで書かれた文面である。ほとんどが白であることは当たり前だった。
文章を読む前にいちばん下の文字を見たが、差出人の名前はなかった。こうまでして差出人名を伏せる意味があるのだろうか。
いちばん上の文字にも俺の名前は書いていなかった。というより誰の名前も書いていない。
本文を慎重に読み進めていく。
────────
いつもご活躍を拝見しております。
お元気そうでなによりです。
これから夏休みに入りますが、どちらへ向かわれるのでしょうか。
あまり羽目を外さず、地に足をつけて地道に勉強を頑張ってください。
────────
短い。
これをプリンターで打ち出して、封筒を用意してまで教室の机に入れるほどのことだろうか。しかも差出人の名前も宛名もない。
しかし、この文章にどんな意味があるのだろうか。
あいさつを記して、夏休みの旅行先を尋ねる。でも勉強を頑張れという。
このあいさつは俺たちのゲーム実況を観ている人間だろうとも考えられる。
そうであれば今日の配信で封筒を開くと、差出人が反応する可能性もある。
それで差出人を突き止めることもできるだろう。
だが、田原も配信を見るということだから、俺に手紙が届けられていたことをやつに知らせてしまう。
そうなれば、封筒を持って高等部校舎をうろうろしていたという田中絵梨香からの手紙ではないかと騒ぎ出すかもしれない。
配信では言及がなくても、明日顔を合わせれば間違いなく根掘り葉掘り聞かれることになるはずだ。
しかし田中絵梨香でなければ、いったい誰なのか。
おそらくゲーム実況の視聴者のひとりだろうが、数十万人のチャンネル登録者の中から特定するのは困難だ。
とはいえ、俺の身分はすでにバレているため、脅迫したいのならいくらでも弱みを握られるだろうが。
しかしどう見てもあの文面は脅迫というより忠告だ。
夏休みの外出先を気にかけたり、勉強するように言ったり。まるで親が子の心配をしているかのようだ。
ということだが、父さんも母さんも、こんな手の込んだまねはしない。直接顔を見てズバズバ指摘してくる性格だ。それだけ家庭はひとつにまとまっている。
俺がゲーム実況を始めて収入を得てから、父さんも母さんも小遣いは出さなくなった。そうすることで経済的に自立するよう促しているようでもある。
だから、今さら勉強を頑張れとか夏休みにどこへ行くだとか口を差し挟むこともない。
まあ夏休みは毎日ゲーム実況をして過ごすつもりだ。
朝から晩まで、いつまででも生配信ができるからな。
ここでがっぽり稼いで、進学するかどうかはその後で考えればいい。
高校三年生でゲーム実況をやっているからか、進路を気にする視聴者も多い。
だが仮に俺が受験勉強をすることになっても、弟の
一度掴んだ視聴者も、配信に中断期間を作ると逃げられてしまうものだ。幸い靖樹がいるおかげで、多少登録者は減るかもしれないが、致命傷にはならないだろう。
もし田中絵梨香がチャンネル登録者であれば、俺の机にこの手紙を入れることもやろうと思えばできなくもない。
そのためにも、この手紙が田中絵梨香からのものかどうかの確証が欲しい。
もし間違えて田中絵梨香からの内密の手紙を衆目にさらしてしまうと、どんな仕打ちが待っているかわからない。
あちらは立派な芸能事務所に属しているのだから、もし田中絵梨香につながる場合、慰謝料請求で訴えられかねない。
文面だけを見れば、たとえ田中絵梨香が書いていたとしても、差出人を特定することはできないはずだが。
コピー用紙を畳んでゆっくりと封筒の中へ戻した。
机の引き出しにハサミをしまい、封筒はカバンの中に入れ直した。
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