第8話 機材チェック
手紙の開封の儀はゲーム実況での生配信で行なってかまわないだろう。
幸い差出人も不明だから、誰から来たのかを詮索されずに済む。
おそらく明日学校で田原に嫌みを言われるだろうが、それもまた一興だ。
第一、中学生アイドル・田中絵梨香から来たのだとしてもそもそも眼中にはない。どうせ有名人なら姉の田中絵美子を選びたい。
まあ田中絵美子に近づくために妹を利用する手もあるにはあるのだが。そこまでして彼女が欲しいわけでもないからな。
さっそく夜からの動画生配信に向けて、機材をチェックすることにした。
ゲームPCを立ち上げてHDMIやマイクなどを制御するスイッチャーの電源を入れ、まずはWebカメラの接続チェックを始める。Webカメラは大型テレビの前に一台、その左右に一台ずつ計三台の映像を取り込む。左右のWebカメラにはそれぞれマイクを用意し、俺と
ゲーム機のHDMI出力をスイッチャーを介してゲームPCに取り込んでみる。モニターにはゲーム機のロゴマークが表示され、ランチャー画面が表示された。
昨夜実況したゲーム『トライアル・アンド・エラー』を立ち上げて、ゲーム機からの音声入力とマイク二台の音量調整を済ませる。
手慣れたもので、これだけの準備が十分弱で終了した。あとは実況に使うゲームを靖樹と決めて、それで最終調整してから配信を開始すればよい。
靖樹が帰ってくるまでに課題でもこなしておこう。
ゲームPCを立ち上げたまま、キーボードを立てかけて作業スペースを確保する。課題の入ったタブレットPCを取り出し、電源ケーブルを挿してタッチペンを握った。
高校の課題とはいえさほど難しくもなく、授業をよく聞いていれば解ける問題ばかりだ。復習のためであれば、プリントを使わないタブレットPCは資源の無駄にはならない。
わが校はテスト校として早々と一人一台のタブレットPCが配布されていた。
私用のタブレットと比べると分厚くて重いのが難点だが、衝撃には強く液晶パネルが割れる心配も少ない。仮に割れても無償で取り替えられる契約を学園側がメーカーとしてある。
当初は先進的だった取り組みも今では全国でも標準的な仕様となっていた。
今日の課題を終えると、明日の予習を始めた。体育や美術を除けば四限だ。予習、授業、復習のサイクルをまわすことで、勉強は最短の時間で最大の成果を挙げられる。
学業の成績を落とさないことが動画配信を許可してもらう条件だった。だから勉強に手を抜いたことはない。しっかりと勉強することで時間効率もよくなるし、周辺情報もタブレットPCで集め放題だ。
今日のノルマをこなしたところで、靖樹が帰ってきた。
「兄貴、今日も配信はするんだよな。その前にやりたいことがあるんだけど、時間をもらえるかな」
どうやら靖樹も披露したいものがあるようだ。発表できるほど成績でもよかったのだろうか。
俺も開封の儀をやりたかったから、その前に靖樹がなにをやるのか見守るのも年上の役割だろう。
「わかった。俺も皆の前でやりたいことがあったから、その前ならやっていいぞ」
「ありがとう兄貴」
靖樹は高等部一年だが俺より体が大きくて丸っこい。しかも黒縁の丸眼鏡をかけている。その愛嬌ある姿から、配信ではパンダのアイコンを使っている。その絵がなんとも靖樹そっくりなため、たちまち人気者になった。俺のゲーム実況のマスコット的存在だ。
「靖樹も早めに課題を終わらせろよな。晩ごはんを食べたらすぐに配信を始めたいから」
「今から取りかかって、夕食後に配信スタート。僕のサプライズをやった後で残りを仕上げるよ。だからゲーム配信はオープニングだけ参加するからしばらくは兄貴だけでやってよ。僕は課題が終わり次第参戦するから」
「そうするか。じゃあさっさと課題を片付けろよ。俺は機材の確認をするから」
スクリーンセーバーが起動しているゲームPCのパスワードをすマーチウォッチで解除すると、配信ソフトのチェックを始める。
まずスイッチャーの挙動を確認し、問題なく動いているかを確認する。
Webカメラ三台とマイク二台、ゲーム機の動画キャプチャーを確認していく。そしてそれぞれスイッチャーで切り替えて出力できているかどうかを見ていく。
よし、とくに問題はなさそうだ。
すべての機材は交換用にいくつか予備がある。ひとつくらい壊れても、すぐに機材を交換してセッティングし直し、配信再開するまでは流れ作業でできるまでになっていた。
これだからゲーム実況には金がかかるんだよな。
いくら稼いでも、半分くらいは機材代に消えていく。だから儲けた実感に乏しい。
まあ確定申告でも必要経費で落とせるから、実質的な儲けを考えれば金をかけただけのことはあるのだが。
とくにゲーム実況は競合が多いため、一度チャンネル登録してもらえばファンを確保できるが、機材トラブルの多発からチャンネル登録者が激減し、撤退していった配信者も多い。
そうならないため、すべての機材にバックアップを用意しておくのだ。
そしてトラブルが発生したら、原因を突き止めて即座に対処する。
その手際の良さもうちの配信チャンネルの売りだ。
すべての機材をチェックして、故障がないことを確認してから、SNSのチェックを始めた。
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