第9話 テストプレー

 二年前にひとりでゲーム実況を始めた。

 当初はPCにキャプチャーボードを積んで、画面を切り替えることなく、ゲームのプレイ画面を配信するだけだった。

 しかしマイクが加わって視聴者が増え、Webカメラで俺の顔を出すことで、さらにチャンネル登録が加速した。

 今ではWebカメラとマイクを複数台用意し、スイッチャーで切り替えたり合成したりしてゲームのプレイ動画を生配信している。

 この体制まで漕ぎ着けるのに苦労した。


 機材が揃ってから程なくして中等部のやすが参加するようになった。

 パンダのような愛らしい見た目と、無邪気な性格で俺の配信チャンネルの視聴者が一気に増えたのだ。

 そんな靖樹の表情を窺うと、なにやら締まりがない。なにかいいことが起きたのだろうか。


「靖樹、今日の実況は昨日と同じ『トライアル・アンド・エラー』でいいか」

「それでかまわないよ。僕もちゃちゃっと課題を終わらせるから、先にいつものルームに入っておいて」


 『トライアル・アンド・エラー』はオープンワールドのファーストパーソンシューティングだ。チーム戦による共闘が売りで、ゲーム実況でも多くの配信チャンネルが採用している今最も人気のある作品といえるだろう。プレイヤー同士のコンビネーション技で敵を倒していく爽快感が魅力である。

 ゲーム実況で観ているだけでも楽しめるため、多くの視聴者が期待できる。視聴者数は収入にも直結するので、集客力のあるゲームが好まれるのだ。

 その点で『トライアル・アンド・エラー』はすぐれている。

 六名ずつのチーム戦であり、どんな戦略で戦っても視聴者を喜ばせられる。プレイヤーのうち二人が同じチームなので、チームでどう考えて動いているのか、戦略のダイナミズムを味わえるからだ。


 うちのルームでは俺がリーダーなので、戦略は都度俺が考えてマイクを通じてチーム全体に伝えられる。つまりどういう意図でチームがまとまって動いているのかを知らせやすいのである。

 しかも靖樹も同じチームなので、それがうちの配信チャンネルの強みとなっている。兄弟ならではの連携プレーが見どころなのだ。


 とりあえずいつものルームを開設し、スイッチャーの確認のために軽くワンプレーをしてみる。ゲーム機を起動してゲームPCに映像を取り込む。

 実際に配信するのは食後だが、回線の好不調をチェックするのも、ゲーム実況には必要な準備なのだ。


 ゲームにログインして、使い慣れたプレーヤーキャラクターを選択。鍵なしルームを作成して自由に集まったプレーヤーと一戦することにした。


 大きな谷が横たわる山岳マップでの生き残り戦だ。反転すると同じ地形になっているため、北側・南側での優劣はない。腕慣らしにはうってつけのマップである。


「こんにちは、こちらキヨキングです。この一戦よろしくお願い致します」

〔こんにちは。あれ、キヨキングさんってあのゲーム実況の、ですか〕

「はい、今は機材チェックでのテストプレーです。収録はしていませんので気楽にいきましょう」


 やはりキャラクター名が知られているので、一般プレーヤーを少し気後れさせているのかもしれない。まあ今は実況ではないので、純粋にプレーを楽しもう。

 ゲームPCで通信回線が安定していることを確認しながら、ゲーム機のコントローラーを操って出撃の準備をしていった。


 即席チームのメンバーとともに軽く一戦し、自分たちのルームを他のプレーヤーに教えると、次のテストプレーをするべくルームを検索した。今度はマップを選んで、そこで募集をかけているルームにお邪魔する。

 ここでも自分のキャラクターを知っているプレーヤーがいた。でも配信していないことを条件にワンプレーすることとなった。

 二戦目を終えたところで部屋の扉がノックされた。

「ふたりとも夕食よ。早く降りてらっしゃいね」

 母の言葉に反応し、ゲーム機を待機状態に移行させて、課題をこなしていた靖樹を連れて一階の食卓へ向かった。




「今日もこれからゲームをやるのね。きよは今年受験なんだから、勉強も頑張るのよ」

 母は食卓についた俺たちを諭すように言った。


「俺はこのままゲーム実況で稼いでもよいと思っているんだけど」

「そんな水物の仕事じゃ駄目よ。ちゃんと企業に就職して、仕事の合間にやればいいじゃない。今だって高校とゲームの両立をしているんだし」

「専業にできれば、今以上に稼げるようになるから。経済が不安定になると企業はもたないけど、ゲーム実況なら景気に関係なく安定しているんじゃないかな」


「靖樹、お前はもっと勉強を頑張りなさい。清樹のようにクラスの三位内の成績をとらないと、これ以上ゲームをやらせるわけにはいきませんよ」

「兄貴、勉強を教えてくれよ。ゲーム実況だって俺のおかげで視聴者が増えているんだしさ」

「まあ予習、授業、復習をしっかりやれば点数なんてものはいくらでも伸ばせる。それ以上にしたければ、習っていないところも勉強するんだな。俺はそうしているぞ」

「兄貴は元々出来がいいんだから苦労はしないんだろうけど、一般人にはつらいものがあるなあ」

 たいへんなことにはなるべく近づきたくない靖樹の本音だな。


「要はやる気があるかどうかだ。俺はゲーム実況したかったから成績を上げて父さんや母さんに許可してもらったんだ。お前もゲーム実況で稼ぎたければ勉強も頑張れよな」


 母が嘆きながら父の言葉を思い出した。

「どちらにせよ、いつかゲームで稼げなくなる日が来るかもしれない。そのときのために勉強だけは欠かさないように。落ち目になったらいつでも大学で学び直せる状態にするのがゲームを続けさせる条件ですからね」




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