第10話 開封の儀
食器の上に箸を載せると、両手を合わせてごちそうさまと唱えた。
「
使い終わった食器を流しへ持っていき、食器用洗剤を染み込ませたスポンジで汚れ物を洗っていった。
泡をお湯で流し終えると、食器乾燥機にしまってスイッチを入れた。この食器乾燥機は二年前に買った古いもので、今度のゲーム実況で得た収入で食器洗浄乾燥機を買うことにしていた。
今は食器洗浄乾燥機も性能が向上して、手洗いよりも汚れが落ちると評判だ。すでにメーカーと機種は決めてあった。
高校生でゲーム実況をするにあたって、家庭への還元もしなければ両親も良い顔はしない。これまで電動アシスト自転車や洗濯乾燥機、ワインクーラーなどを買ってきた。
配信機材の調達の他にこういった家族サービスも必要なので、いっそう稼いだ実感に乏しいのかもしれない。
食器乾燥機のベルが鳴ると、扉を開いて食器を取り出し、棚へと片付けていく。自分のものが終わったら、すぐに二階の部屋へと向かった。
部屋へ戻ってくると、さっそくゲーム機を立ち上げて『トライアル・アンド・エラー』を起動してプレールームを立てた。その間に配信チャンネルをスタートさせる。
「はい、皆様こんばんは。キヨキングです。今日も『トライアル・アンド・エラー』をやっていきます。弟はまだ課題が残っているので、参加するのは少ししてからだと思います。課題へ向かう前に、皆様にご案内があるとのことですので、しばらくお付き合いいただけたらと思います。それではいつものマイルームを立てましたので、参加希望の方は入室してください」
その言葉で入室競争が始まった。今日も秒殺だ。満室のブザーが鳴り響く。
そこに靖樹も戻ってきた。
さっそくいつも配信で着ているTシャツに袖を通す。
「皆様ありがとうございます。それではプレー前にヤスキングからサプライズがあるということで、本人に登場してもらいます」
ゲームプレー用のヘッドセットも着けずに、カバンの中からひとつの封筒を取り出した。
あれ、あの灰色の封筒って。俺がもらったものと同じものなんじゃないのか。
「えー皆さん、ヤスキングです。実は今日、学校の机にこんな封筒が入っていました」
やはり同じ封筒のようだ。内容まで同じかどうかはわからないが。靖樹は机の引き出しからハサミを取り出して封筒を開けている。
〔もしかしてラブレターですか〕
〔いやファンレターだろう〕
配信チャンネルのコメント欄にラブレターとファンレターの文字列が猛烈なスピードで流されていく。
「僕としてはラブレターだと思うんだけど」
〔差出人は誰ですか〕
「ヤスキング、差出人はわかるか」
コメントを引用する形で靖樹に尋ねてみた。封筒の表面・裏面を確認している。
「封筒には書いていないな。まあラブレターなら名前を書くのも恥ずかしいだろうからな」
〔ラブレター、ラブレター〕
コメント欄が大いに盛り上がった。
「えっと、中身を読みます。」
────────
いつも拝見しております。
お元気そうでなによりです。
これから夏休みに入りますが、どちらへ行かれるのでしょうか。
あまり羽目を外さず、地に足をつけて地道に勉強を頑張ってください。
────────
なんだ、文面まで同じか。
「キヨキング、これラブレターだよな」
「いや、これだけだとわからないな。便箋に名前は書いてないのか」
靖樹が表と裏をチェックする。
「名前はないな。でもファンレターだったら名前を隠す必要もないんだから、これはラブレターだよ、きっと」
そう受け止められなくもないが、まったく同じものを俺ももらっている。
「文字は手書きか」
「いやコンピューターで打ち出したやつみたい」
ということは完全に一致しているわけか。
「それ、ラブレターじゃないな。おそらくは」
「どういうこと、キヨキング」
「今日俺もまったく同じ手紙をもらったんだよ。灰色の封筒でおそらくプリンターで打ち出した、まったく同じ文面の手紙のはずだ」
そういうと机の隅に置いてあった封筒を取り出してハサミを入れる。すでに封筒は切ってあったが、今それを開けたかのように装ったのだ。
「文面を読み上げます」
それは靖樹がもらったのと一言一句同じ文言だった。
「ということは、ラブレターじゃないの、キヨキング」
「ふたりと一緒に付き合おうという物好きでもないかぎりは、な」
「いや、きっと俺にだけラブレターを出したら身バレすると思って、同じものをキヨキングのところにも入れたんじゃないかな」
そこまで楽天的に状況を受け止められるとは、さすが靖樹と言いたいところだ。
これはよく受け取ってもファンレターだ。だ
が、誰がこんなファンレターを出したのか。
確か田原が言っていたな。中学生アイドル・田中絵梨香が封筒を持って高等部校舎をうろうろしていたと。
彼女が俺たちのファンで、それぞれの机に入れたのだろうか。そう考えるのが自然ではあるが、今の段階で結論を出せるわけもない。
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