第11話 トライアル・アンド・エラー
母さんにしてみれば、息子の高校生活で彼女のひとりくらいこさえて家に連れてくる、なんていう庶民的な日常も楽しみたかったに違いない。
もし
しかしあの手紙はラブレターとは言えない。
同じ文面のものを印刷して入れていたということは、どちらも本気のラブレターとは考えられなかった。
少しでも気があるのならコピーをするにしても手書きではなかろうか。
もちろん筆跡で書いた人物を特定されるかもしれないが、それも込みでラブレターは出すものである。
「ヤスキング、そろそろ課題に戻ったほうがいい。皆、ゲームを楽しみに来ているんだからさ」
「わかった。じゃあラブレターの件は課題が終わってからってことで」
どうにも靖樹としてはラブレターにしたいようだ。
しかし彼女いない歴イコール年齢の俺からすれば、あれはよくてファンレターである。どこへ行くのかもどのゲームをプレーするのかやそのマップのことと解釈できなくもない。
だがファンレターにしても、俺たちは身分がバレているので、学校内で直接告げるのが手っ取り早いはずだ。わざわざまったく同じ手紙を二通用意して、それぞれの机に入れるなどという手間をかける必要はない。そもそも俺たち兄弟の座席を割り出せるものではない。クラスメートの誰かに聞かないかぎり座席の位置はわからないはずなのだ。
とはいえ夏休みを目前とした今、なぜラブレターと誤解されるようなファンレターを出したのか。その意図が気になる。
なにかプレーしてもらいたいゲームがあるのだろうか。それなら配信チャンネルでダイレクトメッセージを送ってくればよい。こちらもわざわざファンレターにする必要がない。
それにもし別のゲームをプレーしてもらいたいのなら、この手紙に書いておくべきなのだ。そうすれば希望も叶えやすい。
なにも書いていないということは、熱心な視聴者というよりも、単なる応援者というだけに見えてくる。
部活動などで放課後に時間がとれない人物が、俺たちの配信を応援したくてあえて手紙の形で出したもの。というあたりが適当だろうか。
「サプライズはここまでにして、今から『トライアル・アンド・エラー』のゲーム実況を始めます。今日はグランド・キャニオンでプレイします。得意装備を整えてください。全員の装備が決まり次第、作戦を立てます。そのうえで対戦するチームをマッチングしてゲームスタートです」
〔OKay Boss〕
ルームのセレクト画面からグランド・キャニオンのマップを選択し、スタンバイ画面から得意武器であるスナイパーライフルを取り出した。射程距離の伸びるロングバレル化と高精度スコープのカスタマイズが施してある。
サブ兵装に357マグナムを選んだ。弾丸のほとんどをライフル弾に割り当て、マグナム弾は六発とする。
そもそも近接戦闘に持ち込まれた時点でこちらの作戦が失敗しているのであるから、マグナム弾は一発でもよいくらいだ。しかし弾倉に収まる弾丸の単位で弾薬が割り当てられるため、どうしても最低六発は必要になる。
靖樹は主兵装をサブマシンガンとし、サブ兵装は44マグナムだ。とことん近接戦闘を挑んでいくファイターである。
遠距離からひとりずつ倒していく俺と、前進を続けて出会った敵をひとり残らずなぎ倒していく靖樹のコンビネーションが、このゲームの配信に適していた。
俺が慎重派で、靖樹はイケイケドンドンの積極派だ。
しかもゲーム実況の画面では、俺のロングレンジと靖樹の近接戦闘を切り替えなしで見られるため、手に汗握るプレー画面を視聴者に提供しやすい。
その意味でも『トライアル・アンド・エラー』はとても優秀なゲームなのである。
「本来ならヤスキングがフロントをとりますが、今は参加できませんので、どなたかフロントを務めたい方はおられますか」
〔私がやってもいいですよ〕
すぐにアイーダさんが名乗り出てくれた。フロントは危険を呼び込む役回りであるため、よほど積極的な攻撃に長けていないと難しいのだ。
「それではアイーダさんがフロントでお願いします。他にも前線で戦える方は前へ出てください。僕はいつものスナイパーライフルで狙撃していきますので。敵と遭遇したら、すぐに知らせてください。長距離から敵を牽制します。気をとられた敵兵を慌てずに倒していきましょう」
俺以外に参加する五名の了承を得て、さっそくゲーム実況がスタートする。
今日はどれだけの人に観てもらえるか。そのためにも、視聴者を魅了するプレーを心がけなければならない。
〔Game Start〕
無機質な音声で戦いの開始が告げられた。
俺は崖沿いに移動を始め、戦場を見渡せる高台へたどり着いた。幸い敵はいないようだ。渓谷を一望できる地点でうつ伏せになってスナイパーライフルを構え、高精度スコープを覗き込む体勢をとった。
その体勢のまま、双眼鏡を取り出して敵の動きを確認していく。
もし敵のスナイパーがこちらと同じように高台を狙撃地点に選んだとしたら、それをすぐに排除しなければゲームを優位に進められない。
だから、狙撃地点となりそうな地形を双眼鏡で見渡していく。するとさっそくスナイパーのひとりを捉えた。まだ狙撃態勢は整っていない。
こちらが狙われていないかを双眼鏡で確かめる。誰も狙っていないようだ。さっそくスコープに切り替えて、いつでも狙撃できる姿勢をとった。
スナイパー戦は先手必勝である。
態勢が整っていないところを狙撃されれば、その場から逃げるしか手がなくなるからだ。
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