第12話 妹と姉
素早く二戦をこなしたところで、
「それでは僕も参戦したいと思います。キヨキング、ルームを作り直してよ」
「わかった。それでは皆様、いったんルームを閉じますね。僕とヤスキングが参加したルームをこれから作ります。それから参加者を募りたいと思います」
その間に配信チャンネルのコメント欄をチェックしていく。
「ヤスキング、質問が来ているよ。えっと、なになに。好きな人はいますか、だってさ」
俺が作ったルームに靖樹のキャラクターが入室した。
「そうだなあ。アイドルの田中絵梨香ちゃんがいいなあ。ひとつ年下だけど知名度抜群だからね」
〔たしか絵梨香ちゃんと同じ学校に通っているんですよね〕
「そうなんだけど、高等部と中等部は交流がないからなあ。去年彼女がデビューしたときは僕も中等部だったから、接点もなくはなかったんだけど」
〔じゃあ絵梨香ちゃんと話したことあるんですか〕
「いや、ないなあ。彼女は芸能界デビューすると学園側からサポート対象になったとかで、特別クラスに在籍したから。同じ学園と言っても身分には天と地ほどの差があったわけ」
〔ヤスキングさんもじゅうぶん有名人だと思いますけど〕
「いやいや、僕たちはゲーム実況で配信チャンネルは有名になったけど、テレビに出ているわけでもないからね。ねえキヨキング、僕たちもテレビに出られないかな」
ずいぶんと発想が飛躍しているようだが、それだけ田中絵梨香のことが好きなのだろうか。
アイドルの彼女を射止めたいなら、彼女以上に稼いでいないと難しいとでもいうのか。
芸能人と結婚する男性は、実業家か同じ芸能人かくらいである。一般男性と公表されてもたいていは実業家だ。それも女性芸能人の収入を超えなければならないからなのかもしれない。
少なくとも贅沢を知っている女性をつなぎ止められるだけの収入は不可欠にも思えるが。
「テレビってオワコンだからなあ。でも番組に出られたらより知名度は上がるだろうけど」
〔テレビを観ている層とゲーム実況を観ている層ってかぶりますかね〕
「ご指摘ありがとうございます。確かに隙間時間をテレビで埋めている層がゲーム実況を観るのかは疑問もありますね」
「でも僕は絵梨香ちゃんと付き合いたいな」
「まあ接点がまったくないわけでもなさそうだから、それに賭けてもいいかもしれない」
「えっ、僕たちって絵梨香ちゃんと接点なんてあったっけ。同じ学園に通っている以外で」
ちょっとうかつだったかな。
この情報はもっと確度が高まってから口にするべきだった。とりあえず適当にごまかすか。
「このまま行くと彼女は来年には高等部へそのまま進学するだろうから、そのときにいくらでも接点なんて見つかるはずだよ」
「でもキヨキングは同時に卒業してしまうよね。それでどう接点を作るのさ」
「僕は別に田中絵梨香狙いじゃないからかまわないよ。ヤスキングも競争相手が増えるのは嫌だろう」
「それはそうだけどさ」
ぶつくさと文句を言ってくるが、靖樹も計算のできない男じゃない。
「まあヤスキングは来年、再来年と同じ校舎で勉強するんだから、どれだけアピールできるか、じゃないかな」
「そうとなれば早く来年にならないものかなあ」
思考が単純だから、わずかな希望も必然のように受け止めているのだろう。
あまり考え込まない性格というのも、この際は気楽でいられるはずだ。
「視聴者の皆様は、田中絵梨香さんについてなにか情報はありませんか。最近どうも悩んでいるらしい、と風の噂で聞いたのですが」
〔アイドルの悩みですか。やはりセールスで姉を超えられないというあたりでしょうか〕
〔絵梨香ちゃんも今や国民的アイドルだけど、絵美子さんは世界の歌姫だったからなあ。追い越すどころか追いつくことすら難しいはずだけど〕
「絵美子さんに追いつくのは一年二年の活躍では無理だと思う。それは絵梨香ちゃん本人も承知しているはずです。でなければ絵美子さんが引退してから、後を継ぐように即プロデビューするなんて不可能だっただろうから」
「でも絵梨香ちゃんの愛らしさは誰にもまねできないからなあ。たとえお姉さんが偉大でも国民から愛されるアイドルにはなれなかったんだし」
「でも世界ポップス歌唱コンクールで最優秀歌唱賞を獲得した数少ない日本人、という冠はなにものにも代えがたいだろう。これを超える賞を獲るなんて現実的じゃない。二十六歳で現役を引退したのも、絵梨香ちゃんを養うためだったって噂だ」
「それで姉に変わって絵梨香ちゃんが芸能界でデビューしたのだから、なまじ無駄だったわけでもないし、絵梨香ちゃんの目標は絵美子さんなんだし」
靖樹の言い分もわからないではない。
「自分の力量をわきまえているのはいいことですよね。現在地を知り、そこから伸びたい方向を定めて自分を高めていけるのですから」
〔異議なし〕
「それじゃあ次のマップからゲーム実況を続けます。離脱する方は申告してください。追加の方を補充しますので」
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