第14話 ラブレターなのか
どうやらこちらを窺っている人物はいないようだ。
「いいな靖樹。軽々しく近づいてくるやつに気を許すなよ。そういうやつは詐欺師だと思え」
「だから兄貴はモテないんだよ。世の中いい人のほうが多いんだから。近づいてくる人が詐欺師だなんて決めてかかるから出会いを逸するんだよ」
「ほっとけ」
上履きに替えた靖樹は、すぐに一階の自分の教室へと歩いていく。
「今夜の配信、どのゲームをするか決めておけよ」
「うん、決まり次第兄貴に伝えるから」
クラスメートと合流した靖樹を見守りながら、俺も上履きになって三階の教室へと上がっていく。
階段を昇っていくと教室前で田原が待ち構えていた。
こいつはいつも登校が早い。それでいて電車を乗り継いでやってきているのだから、計画性もあるのだろう。
「
やはり田原はチェックしていたか。どんな皮肉を言われるのだろう。
「兄弟揃って手紙をもらう。なかなかないシチュエーションだな」
「田原はどうやら差出人に心当たりがありそうだけど、誰かわかっているのか」
そばにやってきて耳打ちする。
「そりゃあ、やっぱり田中絵梨香だろう。高等部校舎で封筒を持ってうろうろしていたっていうのがその証拠だ」
「さすがにそれはないだろう。芸能人がゲーム実況になんの用があるんだよ」
「ゲーム実況に出してくれ、とか」
「事務所が許さないだろう。肖像権だってあるんだからさ」
「それもそうか。でも事務所公認でってのも考えられない話じゃない」
「場末のアイドルじゃないんだし、出演料の低いゲーム実況なんかに出たがるとも思えないんだよなあ」
俺のそばから離れると、田原はいたずらっ子ぽく笑った。
「まあ今日は手紙のことで皆からいろいろ聞かれるだろうな。覚悟しておけよ」
それは御免被りたいのだが。そもそもラブレターと思い込んでいるのは靖樹だ。俺はよくてファンレターだと考えている。
その説明を一日中やらされるのだろうか。
俺は座席に着くとカバンから教科書とノートとタブレットPCそれに筆記具を机の中にしまった。ランチボックスは机の取っ手に引っかけておく。
「よう
隣の席の
「弟と同じ文面の手紙をもらった感想を聞きたいな」
「あまりいい思いはしないな。靖樹はラブレターだって浮かれているけど。冷静に考えれば、同じ文面のラブレターが別人によって入れられたとはまず考えられない。とすれば俺たち宛の手紙は同一人物が用意したものだろうから、いたずらと考えるのが妥当だろう」
「お前、夢がないな。もしかしたら学園一の美女からのラブレターかもしれないんだぞ」
「それはないな。もしそんな美女からラブレターが来たとして、なぜ靖樹にも同じものを出す必要があるんだよ」
「そりゃ、お前に出したのがバレると嫌だから、目眩ましで出したんだよ」
「目眩ましねえ。そこまでして身元を隠すのなら、二人だけのときにでも話しかければ済む話じゃないか」
「そこが美女の悲しい性だよ。直接伝えると誰に見られるかわからない。だから手紙にした。初めての手紙だからあんな穏当な内容になった、とは考えられないか」
「なるほど。確かに一通目から好きです、付き合ってください、とは書きづらいだろうな。まずは文通からってやつか」
「そんなところだ」
「じゃあ返信はどうやって出せばいいんだよ。相手がわからないんじゃ出しようがないだろうに」
長田は顎先をつまむと横目遣いで考え込む。
「そうだなあ。お前の机の中に入れておけばいいんじゃないか。少なくとも手紙を入れたのだから机の位置はわかっているんだろう。であれば机の中に返信があれば気づくんじゃないか」
「そういうものかね」
「そういうもんだ。まあ返信を書くにしてもここには無駄紙もないからな。ノートでもちぎって書いておけばどうだ」
「うーん、ノートは勉強だけに使いたいんだよな。いちおう教科書と合わせて予習と復習に使っているからさ」
「それなら家で書いてきて、明日にでも入れておけばいいだろう」
まあ言われるように、机の位置はわかってるんだから、机の中に返信を入れておけば相手に伝わるだろう。だがどんな文面がいいんだろうか。
他愛のない世間話程度で返信するだけでも効果はあるのだろうか。
いや、そもそもラブレターだと思っていないのだから、返信を書く必要がどこにあるのだろうか。
ファンレターに毛の生えた程度の関係がお望みなら、それに返信するのはかえってこちらががっついている印象を与えかねない。
だが長田の言うように、本当はラブレターを出したかったが、最初から好きです、付き合ってくださいとは書けなかったのだとしたら。
その場合は返信を書けば関係は進展するはずだ。
果たして、手紙はラブレターなのかファンレターなのか。まずはそこから考えなければならない。
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