第18話 靖樹の推理
休み時間になると、
田原と
「なあ兄貴、昨日の配信を観ていたクラスメートから聞いた話なんだけど、あの手紙の差出人が田中絵梨香じゃないかという声が多いんだ」
「お前なあ。アイドルがどうしてお前に手紙を書く必要があるんだよ」
「おそらく僕のファンなんだと思う」
ファンねえ。まあファンなら同じ文面でも不思議はないわけか。ラブレターよりもよほど現実味があるな。
ということは靖樹もあの手紙はラブレターじゃないと理解してはいるのか。
「ファンだとしても、なぜ中等部の生徒が高等部校舎に入れたんだ。誰の目にも留まらずに机に手紙を入れるのは難しいと思うけど」
靖樹がにやりと口角を持ち上げた。
「それがな兄貴、どうやら昨日、彼女が高等部校舎でなにか封筒を持ってキョロキョロしながら歩いていたっていう目撃証言があるんだ」
なんだ、田原の情報と同じじゃないか。ということは田原は嘘をついていなかったということになる。
でも田原が嘘をついていないことと、実際に差出人が田中絵梨香であることはイコールではない。単に可能性がある程度の関係だ。
靖樹はどうしても田中絵梨香と関連付けたがっているようだが、これは釘を刺したほうがよさそうだ。
「たとえ彼女が昨日高等部校舎にいたとして、それがすぐに俺たちへファンレターを出しに来たことにはならないからな」
「えっ、ならないの」
「たまたま昨日高等部校舎で見かけたからって、必ずしもファンレターを出しに来たとは考えづらい。そもそも彼女も生徒なんだから授業があるだろう。高等部校舎に封筒を持ってきたのも、スキマ時間を見つけてやってきたのだろうけど。そんな時間に俺たちの教室が空っぽだったら彼女にもできるだろう。でも靖樹、お前昨日の授業で教室を離れたことはあるか」
「ああ、視聴覚室で交通マナーのビデオを観ていた時間がある。その間に入れられた可能性があるってことか」
「ご名答。もしスキマ時間に入れようとしたら、誰かが必ず教室にいたはず。だから田中絵梨香が封筒を入れたのならクラスの誰かが見ているってこと」
「じゃあ視聴覚室で授業を受けていたときに机へ入れた人物を探せばいいんだな。そいつが俺たちのファンだったということで」
どうしても差出人を見つけ出そうって腹か。
「いや、探す必要はないだろう。高等部でも俺たちの生配信を観ている人は多いから、見つけても単なるファンであって、こちらになんのメリットもない」
「でも気にならないのか兄貴。どんなやつが俺たちに手紙を書いて机に入れたのか」
「俺は気にならないな。じきに最後の夏休みが始まるこのタイミングで、勉強以外に頭を使いたくはないからな」
「兄貴は手間が嫌なだけだろう。俺は気になって仕方がないんだ。だから俺ひとりでも差出人を突き止めてやる」
犯人探しに躍起になるのも、気楽な一年生だからかもしれない。
「ちなみに、俺たちの推理では差出人は三年生だと目されているからな。一年のお前が突き止めても追及はできないだろう」
「えっ、兄貴もう差出人を確定しているの」
「いや、状況と可能性を考えれば三年生なら該当する、というところだけどな」
「詳しい理由を教えてくれないか。俺の推理の参考にするからさ」
朝の時間に田原と
「なるほど。三年生なら入れやすいわけか。じゃあクラスメートに三年生から僕の座席を聞かれなかったかを聞き込めば容疑者が浮かんでくるわけか」
「容疑者って、お前刑事にでもなったつもりか」
「あ、刑事もいいなあ。拳銃を撃ち放題だしな」
「あのな。刑事は通常拳銃は携行していないから。一般の警官なら持っているだろうが」
「えっ、ドラマや映画だとスーツを着て拳銃をバンバン撃ちまくっているよね」
「どんなドラマや映画を観ていれば、そういう勘違いを起こすのかな」
「再放送だけど『西部警察』とか『あぶない刑事』とか。あと映画は『ダーティハリー』も観たな」
「それらはあくまでもドラマや映画で誇張しているだけだから。アメリカならいざ知らず、日本の刑事は本部からの指示がなければ拳銃は持ち歩けないことになっているんだよ。刑事ドラマを観るなら『相棒』とか『十津川警部』とかにしておけよ」
「『西部警察』も『あぶない刑事』も面白いんだけどなあ」
「面白いことと正しい情報かということとはイコールじゃないからな。演出過剰で銃撃戦の緊迫感を出そうとしていた時代と一緒くたにしないことだ」
「じゃあ探偵になろうかな。関係者に聞き込みしたり現場を訪れたりして真実を突き止める。警察さえも頭を悩ませる難事件を華麗に解決するんだ」
頭を抱えるしかなかった。
「ついでに言っておくけど、日本に私立探偵の制度はない。事件の捜査権は主に警察と検察に限定されている。状況によっては司法つまり裁判所と立法つまり国会に捜査権が付与されることもあるけどな。シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロのような捜査権もなければ推理する権利すら与えられていない。日本の探偵は浮気調査や便利屋がほとんどだよ」
「兄貴、夢がないなあ」
「夢と現実のギャップを知らずに後悔したくはないんでね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます